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 京都で開かれている国際写真祭で、撮影者の葛藤と解放のプロセスを追体験させる作品に出会った。写真家の福島あつしが2004年から延べ10年間、川崎市で高齢者専用の弁当配達の仕事をしながら撮ったシリーズだ。

拡大する写真・図版(C) Atsushi Fukushima

 まず目に飛び込むのは、大量のゴミが堆積(たいせき)した部屋やカビの生えた風呂場、ほこりまみれの廊下に転がるトイレットペーパー。その中でも人が生きていることを示す、弁当ガラや洗濯物の存在が生々しい。「普通の生活をしてきた方がこういう感じになるんだなと。もっと豊かな最期を想像していた価値観がガタガタ崩れてしまった」。そう回想する。

 客の笑顔の写真を撮って喜んでもらったら、という店長の勧めでカメラを携えて配達に出たが、凄惨(せいさん)な環境で暮らす彼らにレンズを向けられなかった。「この状況を社会に知らせるという勝手な正義感」から隠し撮りに近い方法で撮影し始めたが、顔なじみになるにつれ、くつろいだ表情をまっすぐ捉える写真も増えていった。

 だがある時、それらの作品を展…

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