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 明治天皇の皇后だった昭憲皇太后が身につけていたロングドレス「大礼(たいれい)服」の修復作業が進んでいる。海外で作られたと考えられてきたが、修復の過程で、日本人の手が加えられたことをうかがわせる発見も。修復途中のドレスは17日から明治神宮ミュージアム(東京都渋谷区)の「明治神宮鎮座百年祭記念展 明治神宮の鎮座」で展示される。

 昭憲皇太后のドレスは、皇族や公家などの女性が出家して暮らした尼門跡寺院の大聖寺(京都市)で保管されてきたが、ドレスの裏地には、明治44(1911)年に昭憲皇太后から同寺に寄付されたことを示す墨書が残っている。同寺の乾亮文(りょうぶん)尼僧によると、当時の門主が昭憲皇太后と交流があったという。

 ドレスはこれまでも展覧会で一般公開されたことはあったが、近年傷みが激しくなり、2018年から修復作業が始まった。中世日本研究所(京都市)のモニカ・ベーテ所長が研究修復復元プロジェクトの実行委員長を務め、明治神宮国際神道文化研究所などが協力機関として名を連ねる。関係者によると、上皇后美智子さまも文化の保護の観点からプロジェクトに関心を寄せているという。

 ベーテ所長によると、ドレスは、袖のスタイルなどから、明治21~23(1888~90)年ごろの仕立てとみられる。文献などから、ドレスはドイツで作られたと考えられていたが、修復でドレスの裏地をはがした時、トレーン(引き裾)に施された刺繡(ししゅう)の裏側から漢字が記された補強材の和紙が見つかり、刺繡は日本で施されたことがわかったという。

 ドレスの生地についても「謎」があるという。昭憲皇太后は絹産業を奨励したこともあり、生地は日本製と考えられている。だが、専門家からは、ドレスの生地はジャカード織機を使ったような複雑さがあるが、当時の日本で使われていたジャカード織機で織るのは難しいという見解が示された。ベーテ所長は「ドレスの修復は、ドレスが作られた時代背景を理解することにつながる。謎を一つひとつ解き明かしていく作業」と語る。米国や英国などの染織研究者らもドレスに興味を示し、その知見が修復作業にいかされているという。

 修復作業は、桃山時代の着物など、国の重要文化財の修復を多く扱う染技連(京都市)が担う。刺繡の修復では、外れた糸を補強すると、続けて別の糸が外れることがあり、慎重に作業を進めている。矢野俊昭社長は「しみも含めて今のまま悪くならないように、いかに次の世代に伝えられるかが使命」と語る。

 記念展の問い合わせは明治神宮ミュージアム(03・3379・5875)へ。