奈良)ヤマザクラで仏像2体制作 吉野で初特定

福田純也
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 奈良県大淀町馬佐(ばさ)の浄土宗妙楽寺境内にある馬佐薬師堂の仏像2体がヤマザクラで制作されたことが、京都大学生存圏研究所(京都府宇治市)の樹種識別調査で分かった。平安時代(11世紀後半~12世紀前半)の作とされるが、平安時代の木彫像はヒノキやカヤが多く、ヤマザクラの仏像が吉野地方で確認されたのは初めて。サクラを神木とする信仰との関連の有無に地元は関心を寄せている。

 大淀町教育委員会が、薬師堂の仏像3体の調査を京大生存圏研に依頼。3体の試料の木材組織を光学顕微鏡で識別した。その結果、中央の本尊の木造薬師如来座像(像高151センチ、町指定文化財)がヒノキの寄せ木造り、本尊に向かって左の木造地蔵菩薩(ぼさつ)立像(同160センチ)と右の木造十一面観音立像(同192・5センチ)の2体がヤマザクラの一木造りと判明した。

 寺の伝承などでは、これらの3体は、高取町境に近い町北部の廃寺から移された。一帯に興福寺の荘園「田口庄(たぐちのしょう)」があり、大和盆地から壺阪峠を経て吉野へ入る主要街道が通り、藤原道長が京からこの道で金峯山参詣(さんけい)で往来した記録が残る。廃寺は大寺院だったらしいが、場所や存在時期は特定されておらず、研究者らは地名から「幻の安佐寺(あさでら)」と呼ぶ。樹種調査はその手がかりや伝承を探るため行われた。

 「安佐寺」の仏像群は周辺の他の寺でも確認されている。「吉野大仏」とも呼ばれる西蓮寺(吉野町山口)の木造阿弥陀如来座像(像高2・6メートル)は、江戸時代(17世紀半ば)に「馬佐安佐谷」から移されたとの記録が残されている。

 妙楽寺の田原完行(かんぎょう)住職(60)は「質感からスギやヒノキではないと思っていたが、3体のうち2体がサクラとは驚きました。サクラにこだわり選んだ時代背景があったのか、研究者のみなさんとも探っていきたい」と話した。

 田鶴寿弥子助教(39)も2体がヤマザクラだったことに「意外でした。調査の範囲を広げればサクラの木彫像が見つかる可能性が高いと思う」と答えた。研究成果を考古学雑誌「考古学ジャーナル」10月号で報告している。

 吉野地方の木彫像で、これまで樹種が科学的に特定されていたのは、世尊寺(大淀町比曽)にある奈良時代作とされる木造十一面観音立像(県指定文化財)だけだ。京大生存圏研がすでにカヤと解明した。

 修験道の聖地とされる吉野山(吉野町)や、周辺の寺に安置される木彫像の科学的な樹種調査は進んでいないという。

 大淀町教委の松田度・学芸員は「調査で類例が増えれば、吉野で生まれたサクラを神木とする信仰の深まり、時代性や地域性を解明する手がかりが得られる」と期待する。(福田純也)