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 秋の京都非公開文化財特別公開(京都古文化保存協会など主催、朝日新聞社特別協力)が12月13日まで開かれています。このうち4カ所の貴重な文化財を紹介します。

大火災から唯一救出された左手

拡大する写真・図版東福寺法堂に安置されている大仏の手=京都市東山区、筋野健太撮影

今回は新型コロナウイルス対策のため、会場によって公開期間や時間が異なっています。京都古文化保存協会のホームページ(http://www.kobunka.com/)や公式ツイッター(@kyoto_kobunka)で最新情報を確認してください。

 東福寺(とうふくじ)・法堂(はっとう)の位牌(いはい)壇に鎮座する約2メートルもある巨大な手。かつて東福寺の仏殿に安置され、「新大仏」とあがめられたという、高さ約15メートルの釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)の手だ。1881(明治14)年の大火災で堂宇が焼失した際、この左手だけが救出された。

 鎌倉時代、奈良の東大寺と興福寺から1文字ずつ取って造営された寺にふさわしいスケールだ。中指と薬指を少し折り曲げ、人々の願いをかなえることを表す与願印(よがんいん)。いま祈りを捧げる人々を静かに見守っている。(12月13日まで。10月15~17日休止)=京都市東山区

奪われた釈迦の歯 取り戻したのは 伝説の舞台・泉涌寺

拡大する写真・図版中央の宝塔に納められた仏牙舎利を守るかのように韋駄天(いだてん)立像(りゅうぞう)(右)(国重要文化財)が安置されている。左はやはり宋から請来された月蓋(がつがい)長者(ちょうじゃ)像(国重要文化財)=京都市東山区、筋野健太撮影

 泉涌寺(せんにゅうじ)舎利殿(しゃりでん)にある、きらびやかな金銅装の宝塔内に納められているのは仏牙(ぶつげ)舎利、すなわち釈迦の歯だ。舎利(遺骨)のなかでも、教えの象徴として貴ばれている。鎌倉時代、泉涌寺の僧侶の湛海が宋から請来(しょうらい)したと伝わる。

 釈迦が亡くなった際、足の速い速疾鬼(そくしつき)に奪われたが、韋駄天が追いかけ、取り戻したという伝説をもつ。傍らに、韋駄天(いだてん)立像(りゅうぞう)(国重要文化財)が守護するように安置され、裏堂にはこの話を描いた江戸時代の壁画が残る。伝説は謡曲「舎利」の題材にもなったという。(10月31日まで)=京都市東山区

孔雀の背に乗る明王像 その理由は古代インドにあり

拡大する写真・図版孔雀明王像(国重要文化財)=智積院提供

 智積院(ちしゃくいん)の孔雀明王(くじゃくみょうおう)像(ぞう)(国重要文化財)は怒りの表情であることが多い明王のなかでは異色だ。翼を広げた孔雀の背に座る姿は、華麗な彩色もあいまって優雅さを感じさせる。

 古来インドでは、毒蛇や害虫を撃退する孔雀は、災厄や苦痛を取り払う功徳があるとして神格化された。孔雀明王は、密教の孔雀経法の本尊となり、日本では祈雨(きう)や安産祈願などにも用いられた。鎌倉時代に描かれた本図も宮中の清涼殿での修法(しゅほう)に用いられたという。コロナ禍の今こそ拝したい。(11月29日まで)=京都市東山区

赤ずくめの人形 天然痘患った子の枕元に 

拡大する写真・図版冷泉家の疱瘡よけの「猩々(しょうじょう)人形」。ひしゃくを背に杯と扇を手にする=2020年9月28日、京都市上京区、筋野健太撮影

 藤原俊成・定家を祖とする和歌の家、冷泉家(れいぜいけ)。その蔵に長年しまわれていた人形が、コロナ禍の今年、特別公開される。

 足まである長い髪も、顔も、身にまとった装束も赤いこの人形。「猩々(しょうじょう)人形」という。猩々とは中国の想像上の動物で大の酒好き。日本では能の演目として知られ、人形は酒を酌み交わし、舞を舞う姿で表される。その赤ずくめの姿から疱瘡(ほうそう)(天然痘)よけの人形とされてきた。

 冷泉家に伝わる江戸時代後期のこの人形の箱書きにも、家督を継ぐ子どもが疱瘡を患った際、枕元に12日間置くと重症にならないと記されており、蔵に大切にしまわれてきた。(10月31日~11月3日)=京都市上京区(久保智祥)