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 水害に備え、農業用や発電用などの利水目的で整備したダムの容量を空ける「事前放流」の仕組みづくりが全国で進んでいる。昨年10月の台風19号など想定を上回る近年の豪雨に備えた国策の一環だ。ただ、その効果には限界がある。

 「台風19号をきっかけに、まさに縦割りの弊害を排除した」。菅義偉官房長官(当時)は首相就任1カ月前の8月12日、視察した群馬県みなかみ町の須田貝ダム(有効貯水容量2200万トン)で胸を張った。

 ダムは水道用水、発電、農業など目的別に管理者や担当省庁が分かれ、一元的に運用されていなかった。これを問題視して事前放流の態勢整備を進めた菅氏は自民党総裁選でも「縦割り打破」の実績の一つに掲げた。

 視察した須田貝ダムは、東京電力が管理する発電専用ダム。東電管理の利根川水系のダムでは最大だが、洪水対策の治水には使われていなかった。

 菅氏は視察の場で、国管理の1級河川約100水系で事前放流の仕組みを作ったと説明。試験貯水中に襲った台風19号で一気に満水となった八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町、9千万トン)を例に挙げ、八ツ場ダム約50基分の容量が洪水対策で新たに使えるようになったと述べた。国は都道府県管理の2級河川でも事前放流の態勢を整える考えだ。

 国土交通省によると、台風19号では関東や東北を中心に国と県が管理する河川の約140カ所で堤防が決壊する被害があった。多摩川の増水で川崎市などでは大規模な浸水被害が発生。荒川でも氾濫(はんらん)の危険性が高まった。八ツ場ダムも試験貯水が始まったばかりでなければ、下流で一気に増水する緊急放流が行われる恐れがあった。

 こうした水害への備えとして、国交省関東地方整備局管内の荒川、利根川、那珂川、久慈川、多摩川、相模川、富士川の7水系で河川やダムの管理者、利水者らが今年5月に事前放流の態勢整備に合意した。

 なかでも最大の利根川水系は、1都5県(群馬、埼玉、栃木、茨城、千葉、東京)に広がる。同水系で事前放流に協力する51基のダムは、国交省が9基、独立行政法人水資源機構4基、東電14基、各県管理19基などと管理者が分散。これを一元的に事前放流で運用すると「仮定による最大値で、東京ドーム217杯分の約2億7千万トン分の洪水調節機能を確保できる」と整備局の担当者は説明する。

 しかし、水源開発問題全国連絡会(水源連)共同代表の嶋津暉之さん(77)は「事前放流がどこまで有効な対策になるかは疑問だ」と話す。

 国交省のガイドラインで事前放流を始める判断の目安は、予報確率が高い大雨の「3日前から」としている。下流の安全などに配慮しつつ徐々に水を流すには時間を要し、予測不能で急な大雨には対処できない。今年7月の熊本県南部を襲った豪雨では、被害が大きかった球磨川流域で事前放流はできなかった。積乱雲が次々発生して帯状に並ぶ「線状降水帯」が豪雨をもたらし、特に対応が難しかったという。

 事前放流が空振りに終わる懸念もある。本来の目的の発電や農業に使われる水が不足すれば金銭的な損失を補う制度を国は設けたが、水は戻らない。

 国交省はAI(人工知能)を活用した降水量予測や個々のダムの放流量の調整といった対策を講じる一方、異常気象が相次ぐ中での事前放流による治水対策は「必ずしも万能ではない」と担当者。「被害が考えられる場合、自ら情報を集め、早めに安全な場所へ避難することが大切だ」と呼びかけている。(森岡航平)

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