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 太平洋戦争末期から終戦直後にかけて、捕虜となった連合国軍兵士らの収容所が酒田市内にあった。市民にもあまり知られていない収容所の記憶を集め、記録に残そうという会が発足した。「二度と戦争を起こさない」。そうした思いから来月、初の勉強会を開く。

 戦争捕虜(POW=Prisoner of war)の調査をしている全国組織の市民団体「POW研究会」によると、1944年9月から45年9月上旬、酒田市染屋小路(現本町3丁目)には、仙台捕虜収容所第9分所が開設された。主に英国とオーストラリアの兵士たち312人が収容されていた。

 いずれもシンガポールなどの南方での捕虜で、船で門司港(福岡県)に連行され、そこからは陸路で酒田に運ばれた。酒田では港での石炭や木材の荷役など過酷な労働を強制され、終戦までに18人が命を落としたという。

 死亡した捕虜たちのうち10人の遺骨は、横浜市保土ケ谷区にある英連邦戦死者墓地に、4人は豪州のシドニー戦争墓地に、戦後に埋葬されたことが確認されている。

 POW研究会は2002年に発足し、全国にあった約130の収容所の実態調査などに取り組んできた。来年には実態をまとめた「捕虜収容所・抑留所事典」(仮称)を出版する計画で、酒田についても触れられる見通しだ。

 鶴岡市在住の村田則子さんは研究会の会員で、今回の勉強会設立の呼びかけ人の1人。「戦後75年が過ぎ、当時の様子を語れる人がほとんどいなくなり、歴史の事実は風化の一途をたどっている」とした上で、「加害と被害の両面から地元の歴史に目を向け、記録に残すことは、二度と戦争を起こさないためにも絶対必要だ」と勉強会開催の狙いを話す。

 さらに「独自に冊子を作り、将来的には慰霊碑の建立にまでたどり着ければ」と期待する。

 「元酒田連合軍捕虜収容所勉強会」(仮称)の第1回会合は、11月8日午後1時から酒田市総合文化センターで開かれる。その後は月1回程度集まり、証言や資料を集め、次世代に残す冊子を作製したい考えだ。

 興味がある人の参加を呼びかけている。当日参加可能だが、事前の連絡を希望している。連絡先は村田さん(080・5225・9785)へ。(鵜沼照都)