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 鳥取県東部の山あいにある智頭町で、一軒の居酒屋が営業を始めて来月で丸2年になる。店主は東京で営んでいた人気居酒屋を閉めて智頭に移住した杉田衛保(もりやす)さん(78)。東京の店は、グラフィックデザイナーで居酒屋探訪家の太田和彦氏(74)の著書に登場し、杉田さん自身も日本酒を楽しむ本を書いた。生涯最後の地と決めた智頭から、日本酒文化を広めたいと願う。

 この居酒屋はJR智頭駅から徒歩3分の「うどん家&真菜板(まないた)」。「開運」(静岡)、「風の森」(奈良)、「悦凱陣(よろこびがいじん)」(香川)など日本酒通ならわかる全国各地の銘酒が飲める。昼はうどんと定食を出している。

 杉田さんは1982年、東京・池袋に居酒屋「味里」を開いた。客席数約70。料理は妻征子さん(78)や板前にほぼ任せ、自身は接客をし、料理に合う日本酒を薦めた。置いていた日本酒は地酒を中心に100種以上。当時としてはそうした店は珍しく、繁盛したという。

 この店が、太田氏が世に出る契機ともなった著書「居酒屋大全」(90年、講談社)に登場する。太田氏と飲み仲間の利き酒会の会場にもなったためだ。

 98年、同じ東京の高田馬場に移転した。「忙しくてお客さんに酒の話ができない。もっと酒にこだわり、酒をわかってほしい」という思いが募った。新しい店はカウンターのみ10席。置く酒はビール1種類と16蔵の日本酒だけ。店名は「真菜板」に変えたが、ここでも料理に合う酒を薦めた。料理も酒もお任せ。そんな客も結構いたという。

 2018年8月、2歳下の義弟が智頭町に開いたうどん店を訪れた。義弟が体を壊したため、前年に開いた店の今後を話し合うのが目的だった。東京に戻って1週間後、夫婦で移住し、店を引き継ぐことを決断した。

 この年の春、征子さんも体調を崩し、1カ月ほど入院していた。「長い間の疲労がたまっていた。持病もあった」。年を重ね、「やるだけのことはやった。あとは細く長く生きよう」という思いも背中を押した。

     ◇

 居酒屋を始める頃から全国各地の蔵元が造る地酒にはまった。「お客さんに飲ませたい」との思いから、片っ端から地酒を飲み、蔵元に行き、問い合わせて勉強した。「生きた知識」が身についたという。

 日本酒の原点と考えるのが「純米無濾過(ろか)生原酒」だ。これは醸造アルコールなど添加物を加えない▽濾過しない▽加熱殺菌しない▽水を加えないで、出来たてをそのまま詰めただけ。悪酔いせず、燗(かん)するのに向いていて、食中酒にもなるという。真菜板では東京時代から、日本酒はこの生原酒を置いている。

 神亀酒造(埼玉)で「日本酒はどんな料理にも合わせられる」ことを教わった。肉やチーズに合うことも。真菜板には東京時代から、ゴルゴンゾーラグラタンやアヒージョといったメニューがある。4年前に日本酒の原点という純米無濾過(ろか)生原酒と料理とのマリアージュ(相性)を突き詰めた「究極の日本酒」(花伝社)を出版し、増刷した。

 たいていの人は日本酒を飲む時、合う料理を考えないという。「料理を頼み、それに合う銘柄を選ぶのがいい。ワインがそうでしょう」。料理に合わせ、食と一体になることで日本酒は文化になると信じている。「料理との相性を考え、味わい、知識を得ながら飲む。日本酒はそんな飲み方ができる。酔うためにたくさん飲む酒ではない」

 杉田さんが居酒屋を始めた頃から扱っている地酒の醸造元の一つに、智頭町の諏訪酒造がある。移り住む前にも3度訪ねた。取締役の東田雅彦さん(60)は「ここに来ると聞いてびっくりした。杉田さんはいわば『観光資源』。一緒にがんばっていきたい」。

 今の真菜板は東京方面から来るなじみ客にも支えられ、「思ったより順調にきている」。今後は「一人でも多くの人に来てもらい、日本酒の楽しみ方を伝えたい」と思っている。(石川和彦)

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