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 宮城県東松島市のJR仙石線の遮断機のない踏切で5月、70歳の男性が亡くなった列車事故を受け、JR東日本は年内をめどに、この踏切に遮断機をつけることを決めた。県内には遮断機のない踏切がまだ30カ所近くあり、男性の妻(63)は「危険な踏切を早くなくし、もう誰も命を落として欲しくない」と願う。

 事故があったのは、警報機はあるが遮断機のない「第三種」という分類の踏切だ。妻は5カ月たった今も事故を思い出してしまうため、この踏切を通る列車には乗れず、出かけるときは一つ先の駅から乗車しているという。

 妻によると、夫は生まれたときから視力が弱く、20年ほど前から聴力も落ち、補聴器をつけていた。自宅近くの施設でマッサージの仕事の傍ら、「体重が増えてきた」と休日になると散歩を日課にしていた。

 その日も午前10時前、「行ってくるね」といつもと同じ言葉で出かける夫に、「気をつけてね」と声をかけた。それが、夫婦の最後の会話になった。

 ふだんは1時間ほどで帰ってくるのに、1時間半たっても戻らない。「遅いなあ」と心配になり、夫の携帯電話にかけても、つながらない。「列車事故がありました」と警察から連絡があったのは昼過ぎだった。

 石巻署によると、事故があったのは午前10時6分ごろ。踏切は自宅から700メートルほどの場所だ。仙台発石巻行きの特別快速の運転手が踏切内の男性を見つけて警笛を鳴らし、急ブレーキをかけたが間に合わなかった。列車とはぶつからなかったが、風圧で飛ばされたという。

 妻によると、その日は風が強く、夫は「風で雑音が入るから」と補聴器を外して出かけたという。気象庁によると、東松島では最大瞬間風速が毎秒12メートルを超えていた。その踏切では、列車が通過する30秒ほど前に警報が鳴り始めるが、その音が聞こえなかったのかもしれないと妻は悔やむ。

 「百カ日」の法要の日、妻は事故後に初めて現場を訪れた。目撃者がいたので、夫がどの方向から踏切に入ったかはわかっている。踏切の前に立つと、真正面にある太陽の逆光で、警報機の赤色灯は見えなかった。妻も弱視で、晴れの日となると、信号は見えづらく、周りの車の音にふだん以上に注意を払う。

 あの日も晴天だった。

 国の運輸安全委員会によると、遮断機のない踏切での死亡事故は2014年度以降だけでも40件を超え、小学生も犠牲になっている。列車の速度は速く、遮断機のない踏切を渡るのは「高速道路を歩くようなもの」と危険性が指摘されているが、改修はなかなか進んでいないのが現状だ。

 2人は、仙台市の視覚支援学校で知り合い、結婚したという。卒業生の夫は、趣味のトランペットの練習で母校に出入りしていた。長男の小学校入学に合わせ、東松島に家を建てた。結婚40年となる今年、2人の息子と嫁、3人の孫との計9人でお祝い旅行に出かける予定だったという。

 「もう、それもかなわない。危険な踏切で、誰も犠牲者を出さないで欲しい」。妻は言った。(岡本進)