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 昨秋の台風19号から1年。甚大な被害を受け、いったんは廃業に追い込まれたゴルフ場が復活した。「河川敷ゴルフ場の発祥の地」とも呼ばれる「新東京都民ゴルフ場」(東京都足立区)。再開を心待ちにしていた利用客でにぎわっている。キャディーとして同所で働くなど、ゆかりの深いプロゴルファー・青木功さん(78)は「私の原点である『新東京都民』で、またゴルフを楽しみたい」と話している。

 同ゴルフ場は、1955年4月に開業した。荒川河川敷の最下流に位置し、全国の河川敷ゴルフ場の先駆けとされる。最盛期には荒川の両岸に計36ホールを展開。河川改修などで右岸に9ホールだけの「ミニコース」となった後も、都心からの近さや、平日なら3750円(税込み)という手頃な料金が愛され、初めてのゴルフはここだったというゴルファーも多い。

 だが、昨年10月の台風19号で荒川が7メートル以上増水し、コース内の柳が完全に水没。約12万平方メートルの敷地に、大量の土砂やヘドロが残った。長年の地盤沈下で敷地全体が「くぼ地」になっていたため、いつまでも水が引かなかった。再建できないと判断し、昨年10月末に廃業を決めた。

 そこに救世主が現れた。医療法人や学校法人などを運営する「葵会グループ」だ。「『河川敷ゴルフ発祥の地』を終わらせてはならない」「あそこを見殺しにしてはならない」という思いからゴルフ場の運営を引き継いだ。億単位の費用をかけ、今春から重機で土砂を取り除き、グリーンの芝を張り替えた。

 再就職で同ゴルフ場に戻った二階堂正孝さん(60)は「再び青い芝が生えている姿を見られるとは思わなかった。ここは雑草に覆われて、朽ち果てていくのかと思っていた」と語る。

 青木プロは中学を卒業した春に、キャディーとして同ゴルフ場に就職した。「63年前に、あそこでゴルフ人生のスタートを切ったんだよ」と振り返る。プロとして5度の賞金王。1983年にはハワイアンオープンで、日本勢初の米ツアー優勝。2004年には世界ゴルフ殿堂入りを果たした。このゴルフ場から「世界の青木」へと羽ばたいていった青木プロは「廃業が決まった時は、俺の育った所が終わってしまうのかと、寂しかった」と語る。

 再開場を祝う式典が開かれた8月1日。青木プロは始球式でティーショットを打った。「キャディーをやっていた頃の面影が残っているよ。あんなに細かった柳が、こんなに大きくなったのかと懐かしかった」。まだコースのあちこちで改修作業が続くが、青木プロは「全部終わったら、必ず行く。私の原点である『新東京都民』で、またゴルフを楽しみたい」と語る。

 「もしかして、やってます?」。同ゴルフ場には連日、こんな問い合わせがある。「はい。復活しました」。職員たちは、そうこたえるのが、うれしいという。(抜井規泰)