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 富士川の支流の芝川(静岡県富士宮市)では、かつて幕府や朝廷にも献上されていたという川ノリ「芝川のり(富士のり)」が採取されていた。この歴史的な名産品を復活させようと、富士宮市は1980年代から毎年、生育状況の調査を続けている。先月実施された調査に同行し、専門家に今後の見通しを聞いた。

 富士山などの湧き水を集めて流れる芝川。市の定点調査は87年にスタートした。2005年からは日本大学短期大学部(三島市)の石川元康准教授(49)の協力を得て16地点で行われている。

 「ほら、あの濃い緑色のが芝川のりです」

 芝川から水を引いた水路の底を石川准教授が指さした。長さ5センチほどの川ノリが速い流れに引きはがされないよう、底にしがみつくようになびいていた。毎秒50センチ以上の流速がないと育たないという。

 「強い根っこの構造はよく分かっていない。でも今夏は台風や豪雨で水量が多く、かなり流されたかも」

 生育の状況や適切な条件を探ろうと、流速や水温、酸性度などの水質、日照などを調べている。「非常にデリケート」で、日照時間が長すぎてもほかの種類の藻やコケなどが付着してしまい、育ちにくくなるという。

 芝川のりは緑藻類のカワノリ科。環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定されている。淡水産のノリとしてよく知られた熊本県の水前寺のりは藍藻類、静岡県松崎町で採れる「川のり」はアオサ科のスジアオノリで、ともに種類が違う。

 旧芝川町(現富士宮市)の町誌によると、芝川のりは鎌倉時代には日蓮聖人に、室町時代には足利将軍にも献上された記録が残っている。江戸時代に最も盛んに採取されていたらしい。独特の風味が尊ばれ、酢の物やお吸い物などに使われた。

 戦前までは年間5千枚ほど生産されていたという。だが、水質の悪化や河川改修などの影響で昭和30年ごろを境に激減。それでも近年までは細々と採られていたが、生産者の高齢化で消えてしまった。

 JR富士宮駅近くで漬物・乾物店「増田屋」を営む増田恭子さん(71)は「私が20代の頃は白糸ノ滝周辺の農家数件から仕入れていた。高価だったので、主に企業の得意先への贈答品だった。宮内庁からの注文も何度かあった」と思い出を話す。約30年前で10枚入りが1万円だったという。

 「富士山の湧き水が流れる『水のまち』にとって、芝川のりは象徴的な産物。地域の魅力になると思う」と復活に期待する。

 今年の調査で生育が確認されたのは16地点のうち6カ所で、昨年より3カ所減った。長雨や豪雨の影響とみられるという。養殖へつなげるのが目標だが、河川では実験の許可を取るのが難しいなど課題もある。実現にはまだ少し時間がかかりそうだ。

 石川准教授は「このままでは貴重な食文化が消えてしまう。昔のように採取するのは無理でも、少しでも養殖が可能になれば過疎地での収入源になるかもしれない」と話す。子どもたちの食育や環境学習として、毎年、地元の白糸小学校で校内を流れる水路を使って養殖実験も続けている。

 かつては白糸ノ滝の売店でも、あぶった香ばしいのりをお茶漬けにのせて供されていたという。名物がよみがえる日を心待ちにする人は多い。(六分一真史)