拡大する写真・図版仕込みが始まったタンクの前にそろった長州酒造の杜氏の藤岡美樹さん(中央)と従業員たち=2020年10月13日午後3時36分、山口県下関市菊川町、伊藤宏樹撮影

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 150年近い歴史を持ちながら日本酒づくりをやめていた山口県下関市の酒蔵が、異業種の会社に引き継がれ、この秋、初めての仕込みを始めた。酒造りの未経験者もふくむ従業員たちが、来月の発売にむけて準備に追われている。

 仕込みを始めたのは、下関市菊川町の「長州酒造」。今月10日、山口市で生産された酒米「山田錦」を約800キロ使い、タンク1本分の酒を仕込んだ。順調なら11月上旬に初しぼりをして、720ミリリットル瓶2千本に詰める。「天美(てんび) the first」と名付け、11月中旬に発売される。杜氏(とうじ)の藤岡美樹さん(45)は「やっとここまできた」と話す。

 長州酒造を設立したのは、太陽光発電システムなどを製造する「長州産業」(山口県山陽小野田市)。多角化の一環でチョウザメ養殖のため、かけ流し可能な豊富で良質な水を探していたところ、この場所にあった1871(明治4)年創業の「児玉酒造」に行き当たった。高齢化で15年ほど前から醸造をやめ、ほかの蔵で造った酒を仕入れて、細々と自社銘柄「長門菊川」を守っていた。

 国税庁によると、1997年度に全国に2109軒あった日本酒の蔵元は、2017年度に1371軒に減った。酒税法は、安定的に酒税を確保するため需給バランスを維持する必要があるとして、新規参入者に清酒(日本酒)の製造免許を原則出さないと定める。後継者が確保できず、免許を返上して廃業を選ぶ蔵元も多い。

拡大する写真・図版仕込みが始まった長州酒造。蔵の前には、引き継ぎ前の児玉酒造が使っていた鉄釜が置かれている=2020年10月13日午後1時57分、山口県下関市菊川町、伊藤宏樹撮影

 そこで長州産業は、貴重な酒造免許を生かして、小規模でも高付加価値な日本酒づくりに挑戦できないかと企画。長年この場所で親しまれた酒蔵を昨春継承した。人気の純米大吟醸「獺祭(だっさい)」の旭酒造をはじめ、山口県には勢いのある蔵も多い。業界に多くの人材が輩出する東京農業大醸造学科を出て、奈良や香川で20年ほど酒造りを続け、新商品開発の実績もある藤岡さんを杜氏に迎えた。藤岡さんのほかに蔵人(くらびと)は4人。うち3人は、長州産業からの異動者や調理師といった未経験者だ。

拡大する写真・図版初仕込みの純米吟醸を火入れ(加熱)せず、生のまま詰めた「天美 the first」(右)と純米酒「長門菊川」のサンプル=2020年10月13日午後3時59分、山口県下関市菊川町、伊藤宏樹撮影

 長州酒造は、児玉酒造の「長門菊川」の銘柄を廉価な純米酒につけて残す。児玉酒造の6代目児玉剛さん(95)の長女、尾畠文子さん(65)=北九州市=は「廃業を考えていたのに菊川の商標を残してもらえて泣き出しそう」と話す。

 初しぼりまで20日ほど。藤岡さんは「継承、再建に携わった多くの方の思いに応え、日本酒の新しい魅力を発信できる一杯を醸したい」と意気込んでいる。(伊藤宏樹)