[PR]

 「見てごらん、あれが君たちの『家』だったんだ」

 9月19日、JR双葉駅の改札口へと続く階段の上で、福島県双葉町の自営業大沼勇治さん(44)=茨城県古河市に避難中=は、長男の勇誠君(9)と次男の勇勝君(7)の肩に手を置いて言った。

 2005年に新築した大沼さんの自宅は、駅から約100メートルの距離にあった。当時は駅前の商店街に遮られて見えなかったが、駅周辺の建物の解体が進み、今は驚くほど近くに見える。

 勇誠君と勇勝君はこの日、初めて双葉町に来た。3月、双葉町内の一部の地域で立ち入り制限が緩和され、子どもでも町内に入れるようになった。大沼さんは「東日本大震災・原子力災害伝承館」に息子を連れて行く前に、故郷の現状を見せておきたいと考えた。

 震災後に生まれた2人にとって、それは初めて見る「ふるさと」。記者が感想を尋ねると、勇誠君は「わからない」。「放射能って知ってる」と聞くと、勇勝君は「ウイルス!」と元気に答えた。学校の先生が「目に見えないけれど、危険なもの」と教えてくれたのだという。

 親子は急ぎ足で自宅に向かい、慎重に放射線量を測った上で室内に入った。部屋の中は9年半前に慌てて避難した当時のまま。食器も、布団も、予定の書き込まれたカレンダーも。

 「原発事故が起きたとき、勇誠君はお母さんのおなかの中にいた。勇勝君は避難先で生まれた。お父さんはできれば、この家で2人を育てたかったんだ」

 「どうして?」

 「双葉町はいい所だし、お父さ…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら