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 増子輝彦参院議員(福島選挙区)が21日、参院自民党の会派に入った。今後は参院での議案の採決や国会質疑など、議院内での活動を自民党議員と共にすることになる。「政治改革」で揺れた1994年に自民を離党して四半世紀。一貫して「政権交代可能な二大政党の実現」を掲げてきた増子氏の転身に、県内政界に衝撃が走った。

 参院自民党は21日午後、増子氏の入会届を参院に提出し、会派入りが決まった。増子氏は取材に「コロナ禍でスピード感をもった政策実現が求められる中、野党より与党的立場で議員活動した方がよいと判断した」と説明した。

 所属政党は「自民党に入らず、無所属のまま」といい、改選を迎える2022年参院選については「現時点で話すべきことはない」とした。

 増子氏は同じ「経産族」として自民党の二階俊博幹事長と「地熱発電普及推進議員連盟」で共同代表を務めるなど近い関係にあり、同氏との関係をテコに会派入りした。

 1994年に「政治改革」を求めて自民を離党。その後は一貫して非自民を貫き、政権交代可能な二大政党制の実現を目ざしてきた。09年に民主党が政権を握ると、経済産業副大臣に就任。その後も民主党副代表など要職を重ねた。93~94年に自民を離党して今も野党側で残るのは他に小沢一郎、岡田克也両氏だけで、永田町では保守系非自民を象徴する存在と目されている。

 「政党を何度か変えていますが、この日本に二大政党を作り、政権交代可能な政治を実現する!の旗印は全く揺るいでおりません!」

 増子氏のホームページには21日夕方時点でも、政治信条が記されている。16年参院選では共産党との共闘にも踏み込んだだけに、唐突にも映る転身だ。増子氏は「民主党政権崩壊以来の野党の状況を考えると、二大政党はなかなか難しい」と釈明した。

     ◇

 「頭越し」に決められた自民党県連は怒り心頭だ。県議会自民党の佐藤憲保議員会長は「県連は20年以上、増子氏と戦ってきた。会派入りは絶対に受け入れられない」と表明した。

 県連は先月末、22年参院選福島選挙区の公認候補選びで「2期12年できる若い新人」と方針を決定。「二階幹事長との関係を利用して自民党から出ようとしている」(自民中堅県議)との見方もある増子氏への対抗を強める。

 元自民党議員として各種業界団体とのパイプが太い増子氏の離脱は、野党側にとって痛手だ。立憲民主党県連の小熊慎司代表代行は「非自民で二大政党を目ざして頑張ってきた。残念だ」と消沈。亀岡義尚幹事長は「次期衆院選、参院選の戦略見直しが必要」。共産党県委員会の町田和史委員長は「4年前に選挙で戦った相手の会派に入ることは、投票した県民への裏切り行為だ」と批判した。(小手川太朗、関根慎一、荒海謙一)

増子輝彦氏の歩み

1983年 県議選初当選(無所属)。当選後に自民党追加公認

 86年 衆院選旧福島1区で落選(同)

 90年 衆院選で初当選(同)。当選後に自民党追加公認

 93年 衆院選で再選(自民党)

 94年 自民党離党。新党みらいを経て新進党へ

 96年 衆院選福島2区で落選(新進党)

2000年 衆院選で落選(民主党)

 03年 衆院選比例区で復活当選(同)

 05年 衆院選で落選(同)

 07年 参院選福島選挙区補選で当選(同)

 09年 民主党政権で経済産業副大臣に

 10年 参院選福島選挙区で再選(同)

 16年 参院選福島選挙区で3選(民進党)

 20年 国民民主党解党。参院自民党会派入り

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