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 朝鮮半島の国々と日本は、歴史的に深い隣国ゆえに複雑な道のりをたどってきた。双方の地域にとって江戸期は、まれにみる平和な時代だった。その象徴が朝鮮通信使。彼らが両国にもたらした友好親善を副教材にして学校教育にいかす試みがはじまっている。

 朝鮮王朝から徳川幕府に派遣された外交使節が朝鮮通信使だ。豊臣秀吉の朝鮮侵攻により断絶した日朝外交だったが、通信使の派遣は関係修復への契機となった。200年余りの間に来日は12回を数え、行く先々で文化人同士の民間交流が花開いた。

 江戸までの旅程で通信使が通過した関西にも多くのゆかりの地がある。両国の橋渡し役として対馬藩に仕え、外交方針に「誠信の交わり」を説いた儒学者、雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)も、近江(滋賀県)の出身だ。

 そんな通信使がもたらした善隣友好の精神と教訓に学ぼうと、在日韓国人や日本人がともに通う京都国際中学高等学校(京都市)はこの春、副教材として『関西に残された朝鮮通信使の足跡』という冊子を出した。この学校の教師らが執筆編纂(へんさん)にあたり、解説には日本語と韓国語を併記する。

 9月、発刊記念セミナーが京都…

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