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 奈良・興福寺の「特別公開2020」が24日始まり、半年ぶりに中金堂(ちゅうこんどう)の扉が開く。伽藍(がらん)の中心となる中金堂は2018年に、天平時代の荘厳さをほうふつとさせる巨大木造建築物として300年ぶりに再建された。いにしえから幾度もの災厄を乗り越えてきた象徴的な存在でもある。

 「国造りの出発点の一つと言えるのでは」。中金堂について、興福寺の森谷(もりや)英俊(えいしゅん)貫首(かんす)はそう説明する。興福寺は710(和銅3)年、藤原鎌足の子、不比等(ふひと)が平城遷都に伴い創建したとされる。寺の中核の中金堂が完成したのは、その4年後だ。

 平安時代以降、7度も火災に見舞われ、その度に再建されてきた。

 鎌倉期の1180(治承4)年、平重衡(たいらのしげひら)による南都焼き打ちで寺内の諸像が失われた際、康慶や運慶ら慶派が再興に大きな役割を果たした。その一つが南円堂から移され、今は中金堂に安置されている四天王像だ。ご本尊の釈迦如来(しゃかにょらい)坐像(ざぞう)は、1717年の享保の大火後につくられた。

 2018年の再建時には、発掘調査で天平の基壇がほぼそのまま出土した。当時の基壇は東西40メートル、南北27メートル、高さ1・8メートル。現在の中金堂も、創建時の礎石64個(合計66個)の上に立つ。「鎌倉、江戸、平成。中金堂は、三つの時代が奏でる天平文化のハーモニーと言える」

 さかのぼると、天平時代には疫病による災厄もあった。奈良時代の基本史料「続(しょく)日本紀(にほんぎ)」によると、九州に端を発した天然痘の流行が737(天平9)年に平城京など全国に広がった。政権の中枢にいた藤原不比等の子、藤原四兄弟(武智麻呂(むちまろ)、房前(ふささき)、宇合(うまかい)、麻呂)の命を奪った。

 寺社での祈禱(きとう)、薬の配布、税の軽減、食料の提供。「続日本紀」によると、そんな支援策が講じられたという。「今と大きく変わらないんですね。そして、乗り越えてきた」

 収束がいまだ見えない新型コロナウイルス禍。その中だからこそ、自分のことを祈るように、他人に対して寄り添う気持ちを持つことが大切と森谷貫首は説く。「自分と他人は等しい、つまり命は等しいというのが仏教の考え方。中金堂が、そのことを改めて確かめてもらえる場になれば」

 会期中、享保の大火時に、中金堂内から唯一運び出されて残り、例年は1月1日~7日にしか拝観できない厨子(ずし)入りの吉祥天(きっしょうてん)倚(い)像も特別に開帳される。

森谷貫首の中金堂ガイド動画を無料配信

 森谷英俊貫首が中金堂を案内し、堂内の仏像などについて説明する動画を無料配信します。

◇申し込み:https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11002659別ウインドウで開きますから。または「朝日ID」のホームページの「イベント一覧」から。ご視聴には会員登録が必要です

◇配信期間:2021年1月7日[木]まで

◇問い合わせ:朝日新聞社寺社文化財みらいセンター(jisha@asahi.comメールする

興福寺特別公開2020 中金堂

◇10月24日[土]~11月23日[月][祝]。興福寺(奈良市登大路町、0742・22・7755)

◇午前9時~午後5時(受け付けは15分前まで)、会期中無休

◇拝観料 大人・大学生500円、中高生300円、小学生100円

※中金堂は会期後も拝観できます

<主催>興福寺、朝日新聞社

<後援>奈良市観光協会、奈良県旅館・ホテル生活衛生同業組合

<特別協賛>JR東海

<協力>JR西日本、近畿日本鉄道、NEXCO西日本、凸版印刷、山田松香木店、安田念珠店、三島食品など

<拝観時のお願い>堂内ではマスクの着用をお願いします。適正距離の確保や、せきエチケットにご協力下さい▽高熱や体調が良くない場合は入堂をご遠慮下さい▽堂内が混雑する場合、一時的に拝観の制限をします