平安京の東寺と西寺、左右非対称だった 空海が変更?

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高井里佳子
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 平安時代平安京の入り口近くにあった西寺の跡地での発掘調査で、説教などが行われていた講堂のサイズが、一緒に造られた東寺より一回り小さかったことが判明した。京都市文化財保護課が22日、発表した。東寺と西寺が左右対称の規模ではなかったことが、裏付けられたという。

 これまでは東寺の歴史をまとめた「東宝記(とうぼうき)」をもとに、両寺の講堂は同じ規模と考えられてきた。文化財保護課によると、東寺を任された空海が建築途中で設計変更した可能性がある。

 西寺は、794年の平安京遷都に伴い、都の南辺中央にあった羅城門(らじょうもん)を東寺と挟むようにして建てられた。講堂や塔などがあったが、990年に主要部が焼失して今に至る。

 市が9月下旬から跡地の公園で発掘調査をしたところ、講堂跡付近で、建物の柱を支える礎石を抜き取った穴(直径約2メートル)が五つ見つかった。

 昨年の調査で見つかった別の…

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