宮野拓也
老齢の男が店を訪ねたのは、日が傾いたころだった。すっと伸びた背筋に、しわひとつないシャツ姿。きれいに磨かれた黒い革靴を履いていた。
沖縄にある米軍嘉手納基地の近くの自家製ソーセージ屋。商品が並んだ棚にも、店主の嶺井大地さん(36)にも目もくれず、コンクリートがむき出しの奥の壁や天井をじっと見渡した。そして、少し高い声で言った。
拡大する嶺井大地さん=2020年9月15日午後5時3分、沖縄県沖縄市、宮野拓也撮影
「ああ、懐かしい! 私はかつて、ここで働いていた!」
嶺井さんはあっけにとられた。沈黙のあと、どうしたのかと尋ねると、男はひょうひょうとした口調で続けた。
「青年、ここは40年以上前はアメリカの将校がダンスを楽しむ場所だった。私はウェーターで、彼らにウイスキーを注いでいた」
男はめがねの奥のしわのよったまぶたに、当時の光景を浮かべているようだった。ベトナム戦争のあおりで増えた米兵たちで街はにぎわい、売り上げが金庫に入らないほどの大盛況だったという。「営業後はへとへとでね。楽しみは地下で仲間と飲むことだった」
いや、この店に地下室なんてない。そう伝えたが、男は片足で床を踏むようなしぐさをして見せた。「こっちこっち。ここにあるに違いないよ」。嶺井さんも靴底でたたいてみる。たしかに、空間があるような音が響いた。男は「また来るよ」と言って、名乗らずに店を出た。
嶺井さんの耳に「地下」という…
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朝日新聞社会部