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 第2次世界大戦中、愛知県春日井市にあった軍需工場や戦争被害を紹介する「名古屋陸軍造兵廠(しょう)鷹来製造所」が出版された。長崎原爆と同型の模擬原爆の空襲を受けたことや、日本軍の「風船爆弾」の製造現場だったことなどを長年の研究から明らかにしている。

 渋井康弘・名城大経済学部教授と「春日井の戦争を記録する会」の金子力代表、大脇肇・名城大職員の共著。「名古屋陸軍造兵廠」の七つの製造所の一つだった鷹来製造所を中心に、当時の春日井市と軍との深い結びつきを政府や米国立公文書館の資料などを基に解き明かした。

 同書は、春日井市と豊川市は、いずれも計画的に造られた軍需工業都市だったと分析。ともに1943年に市制が施行され、春日井は「陸軍の軍都」、豊川は「海軍の軍都」と位置づけられた。春日井はインフラ整備を行政主導で進める都市計画法が適用され、鷹来と鳥居松の両製造所のほか、軍用鉄道や兵器倉庫もできた。こうした経緯を、「軍都春日井の誕生」と題した年表や地図で詳しく解説している。

 鷹来では弾丸や薬莢(やっきょう)、雷管などを製造し、終戦時点で4千人以上が働き、うち約1千人が早大や旧制中学などの動員学徒だったことを説明。爆弾を付けた気球を飛ばして偏西風に乗せ、米本土に届かせる「風船爆弾」は、高等女学校の生徒らが和紙で造っていたことも紹介している。

 空襲被害では、玉音放送前日の8月14日、広島と長崎に原爆を投下した米軍の「509混成群団」が鳥居松を狙って3発、鷹来に1発の模擬原爆を投下し、7人の死者を出した。米部隊は途中で二手に分かれ、一方は現在の豊田市方面に向かい、トヨタ自動車工業(当時)の工場を空襲している。509混成群団が原爆専門の秘密部隊だったことや、広島・長崎への投下後になぜ春日井を狙ったのかという疑問についても考察している。

 鷹来製造所があった一角には現在、名城大の付属農場が広がる。製造所の旧本館が農場本館として今も使われている。

 渋井教授は「動員学徒と名城の学生は鷹来という同じ地にいる。75年前の学生は勉学の機会を奪われて兵器作りにいそしむしかなく、爆撃におびえながらの生活を送った。学びの機会は平和によってこそ保証される。それを実感するための場所としても考えてほしい」と話している。

 税別700円。問い合わせは三恵社(052・915・5211)へ。(高原敦)

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 〈模擬原爆〉 原爆投下の練習用の爆弾で、長崎に投下された原爆「ファットマン」と形状がほぼ同じで「パンプキン」(カボチャ)と呼ばれた。約4・5トンあり、大型爆撃機B29でも1個しか搭載できなかったとされる。中身は爆薬で、全国各地に49発が落とされた。

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