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 5年前の2015年9月19日、安倍政権は歴代内閣が維持してきた憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法を成立させた。前年の閣議決定は違憲として、一人で裁判に臨んだ男性が津市にいる。安倍政権の継承を掲げる菅内閣が誕生したいま、男性は何を思うのか。

 今年9月19日、津市内での集会。元県庁職員の珍道世直(ときなお)さん(81)は「安保法は日本を戦争できる国にしました」と訴えた。

 6人きょうだいの5番目で津市で生まれた。終戦当時は6歳。1945年3~7月、約1800人が犠牲になったとされる津空襲の記憶がいまも残る。

 同年7月28日の空襲で、津市の中心地は焼夷(しょうい)弾で焼き尽くされた。空襲警報の発令と同時に家族8人で自宅の庭に掘った防空壕(ごう)に入った。三重刑務所に焼夷弾が落とされ、振動と爆風で防空壕のふたが5センチほどずれた。隙間から米軍機B29と日本軍の戦闘機が衝突する様が見えた。

 「人生の記憶」の始まりだった。

 家族全員で防空壕を飛び出した。生き埋めになった男性のうめき声はいまも耳から離れない。青い服を着たまま刑務所から逃げた囚人や住民たちの死体が川に浮いていた。

 「戦争が起きたら人が死ぬ。決して日本が戦争をする国にしてはいけない」と心に刻んだ。

    ◇

 あれから約70年が経った2014年7月1日。安倍政権は集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をする。10日後、珍道さんは安倍晋三首相と18人の全閣僚を「閣議決定は憲法違反」として東京地裁に訴えた。一審と二審は弁護士なしの本人訴訟で臨んだが敗訴し、15年7月には最高裁も上告を退けた。

 その2カ月後に安保法が成立。成立前の衆院憲法審査会では、自民推薦を含めた3人の憲法学者が「違憲」と指摘し、国会前には若者でつくる団体「SEALDs」などがデモで反対を訴えていた。

 「9条を守れ」という民意が後押ししてくれている。安保法は憲法9条に違反しているとして、国を相手取り、津地裁で再び本人訴訟に踏み切ったが、約2年後、最高裁は上告を棄却する決定を下した。

 一方、全国各地で起きた集団訴訟はいまも続く。「国民が全国各地で声を上げ続けなければならない」と思い、裁判後から一人で津駅前でマイクを握る。昨夏の参院選前には1カ月半で計17回も立ち、「不戦を誓った憲法9条を国に守らせましょう」と訴えた。

 珍道さんは「7年8カ月の政権で最大の失敗だった」と話す。安倍政権の継承を掲げる菅政権にも、こう問いかけたい。

 「安保法を『負の遺産』として残してはいけない。憲法に明白に違反している法律の継承は許されない」(大滝哲彰)

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