拡大する写真・図版朝日新聞デジタルのフォーラムアンケート

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 高額な費用のかかる体外受精などの不妊治療に対して、菅義偉首相は、公的医療保険の適用を打ち出しました。デジタルアンケートでは、重い負担や周囲の無理解に苦しむ切実な声と同時に、この政策が結婚・出産をはじめとする個人の生き方に与える影響に思いをはせる意見も目立ちました。社会全体でどんな目配りが必要か、さらに考えます。

流産のケアや性教育を

 デジタルアンケートに寄せられた声の一部をご紹介します。

●流産、死産のケアも考えて

 不妊治療をし、双子を授かりましたが20週で流産しました。また一から治療をしようと思っていますが、やはり体や心の負担もあります。授かればゴールではありません。不妊治療ももちろんですが、流産、死産のケアも考えていただけたらと思います。(富山県・30代女性)

●男性不妊の可能性も認識して

 不妊の原因は女性と見なされがちですが、男性不妊の可能性もあることを認識すべきだと思います。僕たち夫婦の場合も、僕の精液検査の結果が芳しくなく泌尿器科を受診し、そこで精索静脈瘤(りゅう)が見つかり手術しました。妻には痛みを伴う検査をたくさん受けてもらった中で、大きな原因が僕自身にあったことはとてもショックでした。術後半年で妊娠発覚し、4カ月です。男性側の原因もあり得るという認識を持った上で、不妊が分かったら精液検査を行う、普段の食事や運動などに気を配り生活改善に取り組むなど、男性側も治療に臨むことが重要だと思います。(北海道・30代男性)

●無知・無理解のナイフに傷つく

 「若いから大丈夫」「諦めたらできた」「夫婦生活が足りないんじゃないの」。無知・無理解なこれらの言葉のナイフにどれだけ傷つく人がいたか。保険適用の議論をきっかけに全国民が性教育と不妊について理解を深めてほしいと切に願います。(千葉県・30代女性)

●特別養子縁組で子を授かる

 数年間にわたる不妊治療を初期流産2回という結果で終え、現在は特別養子縁組で授かった子どもと暮らしています。不妊治療に長い時間と労力を捧げた時期は、「子どもを産み育てる人生が普通。普通になりたい」という感情に振り回されていたようにも思います。子どもを授かった今はたしかに幸せですが、子どもがいてもいなくても充実して誇らしく人生を送れる社会であってほしいです。保険適用は元当事者としてはありがたいと思う半面、「治療してまでは産まない」という自由が狭まるようにも思われ、賛成するのには慎重になってしまいます。(福岡県・40代女性)

●「少子化対策の一環」に危機感

 不妊治療の保険適用の話が少子化対策の一環として取り上げられていることに危機感を覚える。治療経験者として注目されて、保険適用への議論が進むことは歓迎するが、本来はリプロダクティブ・ライツの保障が目的であり、少子化対策としてではないと感じている。よって、より当事者にとって合理性・納得性のある制度改革になるよう議論が進むことを期待している。またメディアには保険適用や助成金などの経済的負担だけではなく、施設間技術格差や成績公開されていないことによるクリニック探しの難しさなども積極的に取り上げていただきたい。(埼玉県・30代女性)

●男女とも性教育の不足を感じる

 助産師をしています。働く中で、不妊治療に関して、男女ともに事前の性教育が不足していると感じることが多々あります。特に気になるのは加齢に伴う妊孕(にんよう)性(妊娠するために必要な能力)の低下を知らない方の多さです。保険適用は素敵なことだとは思いますが、ただ適用するだけでは医療費が膨れ上がるだけだと思います。少子化対策として、子どもを育てる上での経済的負担が軽くなるような政策も取るべきだと思います。子どもを育てる上で学費など莫大(ばくだい)なお金がかかり、「子どもはぜいたく品」という考え方が広まり、少子化に拍車をかけていると思います。(大阪府・20代女性)

不妊原因 半数は男性にも

 不妊治療は女性が対象と思われがちですが、不妊の原因は男性にもあります。世界保健機関(WHO)の調査では、不妊の原因が男性のみの場合が24%、男女両方にある場合は24%で、約半分の不妊のカップルに男性に何らかの原因があるとされています。

 厚生労働省が2016年に公表した調査では、男性の不妊の原因の82.4%が精巣で精子を十分につくれない障害でした。ほかの原因では、勃起不全などで性行為ができない障害が13.5%、精子の通り道が詰まって出てこない障害が3.9%と続きます。

 精子と卵子を体外にとりだして受精させ、子宮に戻して妊娠させる「体外受精」や、顕微鏡を使って小さな針で卵子の中に精子を直接注入する「顕微授精」は、不妊治療の中でも妊娠率が高くなります。ただ、男性が精子を十分につくれない場合などに、精巣にメスを入れ、取り出した組織から精子を採取する手術の必要があります。医療機関によって20万~50万円かかります。

 順天堂大医学部付属浦安病院の辻村晃教授(泌尿器科)は「体外受精などへの保険適用を検討する場合は、女性に対する生殖補助医療だけでなく、男性側の精子採取にかかる費用も同じように議論しなければ、カップルへの支援として不十分なのではないか」と指摘します。

 精子採取では数日の入院を必要とするなど、職場などの理解も必要になる場合があります。辻村さんは「保険適用の議論の中で、男性不妊にも社会の注目が集まり、仕事の休暇取得や周囲への相談がしやすい環境になってほしい」と話しています。(市野塊)

独身でも 国費で体外受精 デンマークの生殖補助医療

 北欧デンマークは生殖補助医療が盛んで、国費負担も手厚いことで知られます。40歳までの女性は3回まで、国の負担で体外受精(IVF)が受けられます。未婚・既婚や性的指向は問われず、パートナーがいない女性やレズビアンの女性も国費負担の対象になります。

 コペンハーゲン郊外に住むヘリーナ・ヤコブセンさん(40)は2017年11月、提供精子による体外受精で男の子を出産しました。

 家族を持つのは幼いころからの夢。年を重ね、妊娠のチャンスが減ることに焦ったそうです。35歳の時、「まだ子どもは欲しくない」と言う交際相手と別れ、自力で子を持つと決めました。

 民間の精子バンクで匿名の精子を確保し、民間診療所で3回人工授精を試みましたが妊娠しなかった。体外受精は高額のため、無料で受けられる公的医療機関に移り、初めて挑んだ体外受精で妊娠しました。

 息子はもうすぐ3歳。自分のようなシングルマザーをめざす女性たちのカウンセリングをする仕事をしつつ、2人家族の時間を楽しんでいる。「子を持てたのは国費負担で治療が受けられたことが大きい。自分の経済的な状態にかかわらず希望すれば子を持てることは重要だと思う」

 デンマークでは83年に初の体外受精児が生まれ、急速に技術が普及しました。一時は厳しい規制があったものの、06年に成立した法律で、女性は婚姻状況や性的指向にかかわらず国費で体外受精が受けられるように。カールスタード大のセバスチャン・モーア上級講師(ジェンダー研究)は「皆が福祉国家に税金を納めているのに、なぜ一部の人がサービスから除外されるのか、という国民の権利の問題として捉えられ、包摂的な政策として支持されています」と話します。

 欧州では多くの国が何らかの形で生殖補助医療を公費で提供しています。欧州生殖発生学会が、生殖補助医療を行う43カ国について18年末時点での制度を調べたところ、国が費用を負担しない国は4カ国だけ。他の国では、女性の年齢や治療の回数、既に子がいるかどうかによって一定の制限を設けるなどしつつ、公費負担をしていました。(ロンドン=下司佳代子)

拡大する写真・図版精子提供による体外受精で生まれた長男を抱くヘリーナ・ヤコブセンさん=本人提供

生の尊厳 守る国かどうか 明治学院大学社会学部教授・柘植あづみさん

 不妊治療の当事者らにインタビュー調査をしてきた経験から、当事者が高額な不妊治療に苦しみ、保険適用を歓迎するのは当然と思います。ただ不妊治療にある多くの課題・問題を解決せずに話が進むのを危惧します。

 まず体外受精などの不妊治療費がいかに決まるのかが不明瞭。検査や投薬などの不妊治療は今でも保険診療ですが、人工授精や体外受精、顕微授精は自由診療で非常に高額。その理由を明らかにしてほしい。

 不妊治療を続けると心身が疲弊し、時間のやりくりのため仕事を諦め、なかなか子どもを産めない自分を卑下してしまう状況に追い込まれます。何度目かの体外受精に失敗した時、患者が医師に「すみません」と謝ったエピソードを聞きました。腕前に自信満々の医師と自信を無くした患者の関係を象徴しています。

 さらに「保険がきくのだから、やるべきだ」という視線が強まる恐れもあります。治療のつらさや成功率の低さはあまり知られていません。保険診療ならこれらの問題が解決されるわけではありません。治療をやめるにやめられなくなる心配も聞きます。根本的な改善が必要です。

 保険適用には政権の人気取りとの指摘があるようです。しかし、保険料を負担するのは保険の加入者、つまり国民全体です。負担が大きくなることも考えられます。人気取りと見せかけ「ツケは国民全体で負担して下さい」という、ちゃっかり政策ではないと信じたい。

 これまでの特定不妊治療への助成金制度が少子化対策として進められたことを考えると、目標はやはり少子化対策なのでしょう。しかし、不妊治療をしている人はもちろん、多くの国民は国のために子どもを産むわけではありません。国の役割は国民が安心して楽しく生活していける政策の実行です。それには不妊治療だけではなく、妊娠や出産が、また、それを望まない時には避妊や中絶が、効果的・安全で、必要な時に誰もが尊厳を守られつつ提供されることが必要です。それにより結果的に、子どもを産みたい人が増えるのが本筋でしょう。

 この考え方は性と生殖に関する健康(リプロダクティブ・ヘルス)と呼ばれます。SDGs(持続可能な開発目標)のターゲットでもありますが、日本はこの分野で世界に大きく後れを取っています。ここに本腰を入れてほしい。安全で満足のいく妊娠・出産、避妊・中絶は、誰にでも必要になる可能性があるのですから。(聞き手・山本晃一)

拡大する写真・図版柘植あづみ・明治学院大教授

社会制度の整備も同時に 自民党幹事長代行・野田聖子さん

 20年前、治療の当事者として違和感や不安を感じていました。不妊治療に関する法律もなく、病院探しも手探りで口コミ頼り。「子どもを授かる医療がそんなことでいいのかな」っていう葛藤から始めて、ここまでコツコツやってきました。今、これだけ保険適用が注目されているのは、驚天動地というか、菅効果?に感謝しています。

 菅さん(首相)が私に話してくれたことは、横浜市議時代から出産に関する分野についてはプロフェッショナルだと自負を持っているということでした。唐突感があると思っている人は、総理に対する偏見ですね。

 20代30代の当事者の女性から「野田さん、これ治療にかかった領収書です」って、言われて見ると、100万円って書いてあるんです。公的医療保険が充実してきたにもかかわらず、不妊症の負担を若い人たちに強いている。これに違和感を抱かない社会だとすると怖いですよね。

 保険適用で不妊は女性だけの問題ではないという認識が広まるでしょうし、これまで治療のために仕事を諦めざるを得なかった女性が山のようにいましたが、治療に合わせた形の休暇制度も整備されていくでしょう。

 自民党の議連では、保険適用までの間、現行の助成制度を保険と同程度まで拡充する検討をしています。多くの人が若いうちからチャレンジできるように所得制限の緩和や、私は法律婚以外にも広げていいと思っています。一方で、年齢や回数の制限は、患者さんのために必要です。今の問題点は、患者さんがエンドレスに治療をしなければならなくなっている状態で、第三者から卵子や精子の提供を受けるという次の道筋を作ってあげないといけない。

 臨時国会にむけて、不妊治療で夫婦以外の第三者の卵子や精子によって生まれた子どもの親子関係を法的に明確にするための法案提出の準備が進められています。法案を通じて、国民に体外受精が何たるかを分かってもらうことにより、コンセンサスが得られる。そうすることで、治療を受ける人の後押しになります。(聞き手・浜田知宏、及川綾子

拡大する写真・図版野田聖子衆院議員=16日、都内

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 不妊治療には重い経済的負担がのしかかります。アンケートに寄せられた声の8割以上が治療費の高さの指摘でした。

 日本の生殖医療技術は患者に合わせたオーダーメイド治療で、世界でも高度な治療を実現していると言われます。扱う排卵誘発剤や、卵子と精子を受精させて育てる「胚(はい)培養士」の技術なども医療機関の工夫が生かされています。

 一方でアンケートには「治療の効果がどの程度あるかや、価格が適正かどうかの判断がつかない」との指摘もありました。実際に、効果がはっきりしない技術を提供する医療機関もあると聞きます。患者の不満は高額な負担に加え、「費用が本当に適切なのか」にあると感じました。

 オーダーメイドだからといって、不透明な金額設定が許されるわけではありません。患者は不安で、お金をかけても治療を受けたいと思っているからこそ、医療機関には誠実さが求められます。保険適用の議論を機に、公的支援のあり方と同時に医療機関のあり方にも目が向くようになってほしいです。(市野塊)

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来週11月1日は「動物園、どう思う?」を掲載します。https://www.asahi.com/opinion/forum/でアンケートを実施中です。