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 アメリカ大統領選挙の投票日が迫ってきた。現職の共和党のトランプ大統領が再選か、民主党のバイデン候補か、アメリカ国民だけでなく世界中が注目している。大国アメリカの国際社会への影響力を考えれば当然だが、型破りなトランプ大統領のふるまいが、多くの関心をひきつけているのもまちがいない。

 9月末、候補者によるはじめての討論会が開催された。すでに郵便投票は始まっていて、選挙戦のラストスパートの始まりといったところだっただろう。

 予想どおりというか、予想を超えてというか、バイデン候補の話の途中、トランプ大統領がたびたび口をはさみ、それを注意する司会者とも言い争いになり、バイデン候補も言い返し、まともな討論にならなかった。「混沌(こんとん)の討論会」とか「史上最悪のディベート」といった評価がアメリカのマスコミでも流れたが、トランプ大統領陣営としては自らの支持者へのアピールとして計算されたふるまいだったのかもしれない。

 その数日後、トランプ大統領がまさかの新型コロナウイルス感染判明。これは想定外だったはずで、マスク着用を拒み、コロナウイルス対策に消極的だっただけに、さすがに窮地に追いこまれるだろうと思っていたら、わずか3日で退院した。さらに数日してホワイトハウスで早くも支持者を前にマスクをはずして演説、「体調は最高だ」と復活をアピールした。「米国はこのひどい『中国ウイルス』に打ち勝つ。ワクチンはすぐ使えるようになる。(ウイルスは)消えてなくなるだろう」とまさにトランプ劇場で、あっけにとられた。さすがに支持率ではバイデン候補との差がひろがってきたと報道されたが、存在感では常に圧倒していた。

 大統領には、強いリーダーシップを発揮できる指導者のイメージが当然重要だが、他にも重要なさまざまなイメージがある。

 アメリカ合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンは、子どものころ、父親の桜の木をいたずらで伐(き)り、父から「だれが伐ったか」と問われ、自分が犯人だと正直に告白したことで、父に正直さをほめられたという。真偽はともかく、こうした逸話が伝えられるのは、大統領には優れた人格者というイメージも重要だからだろう。

 一方、利害が一致し、仕事で成果を出すのなら、大統領の徳性など問わないという考えもある。仕事師、実務型の政治家のイメージでのアピールがここからでてきて、人間として徳や、理念の崇高さなどよりも、現実の課題解決の能力に関心が高まり、強引、独断、大胆な妥協、ディール(取引)も容認される。

 2019年6月30日、トランプ大統領が、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長と軍事境界線をはさんで握手したとき、政治ショーだという冷ややかな見方はあったが、被爆地、長崎では驚きとともに期待の声が上がった。『北朝鮮の核問題解決に進展があるなら、トランプ大統領の強引なやり方もかまうものか』と当時はたしかに考えもした。今ではその期待もあやふやになり、落胆しか残っていない。

 トランプ大統領は相も変わらず暴言、失言も多いのだが、テレビ画面にその姿が映るとつい見てしまう。ヒーローでもなく道化でもない、そのイメージは奇妙でとらえがたく、正直に言うとよくわからない。

 先日の第2回の討論会後も、世論調査のバイデン候補の優位は変わってはいないようだ。一方、「隠れトランプ」支持者がいて、選挙の行方はわからないという声も根強い。トランプ大統領は、国民に分断をもたらしたという批判があるが、選挙のときにはこっそり支持する「隠れトランプ」なる有権者の鬱屈(うっくつ)した胸中を想像すると、国民の内面には分裂や混乱ももたらしたようにも思える。11月3日、アメリカ国民はだれを選ぶのだろうか。

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 1958(昭和33)年、長崎市生まれ。長崎大学教育学部を卒業後、長崎市職員に。市役所で勤めながら作家活動を続け、95(平成7)年に「ジェロニモの十字架」で文学界新人賞、2001年に「聖水」で芥川賞、07年に「爆心」で谷崎潤一郎賞を受賞した。10年から長崎原爆資料館長を務め、19年春に定年を迎えた。同年4月、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)の客員教授に就任した。