[PR]

 四国大学(徳島市)で文学部教授として教壇に立つ佐々木義登さん(54)は、2017年に「徳島文学協会」を設立し、文芸誌「徳島文學」を刊行する。今年は徳島県三好市出身の作家・富士正晴(1913~87)を顕彰する高校生向け文学賞の創設にも携わった。文学の活性化に注ぐ情熱について聞いた。

 ――「富士正晴全国高校生文学賞」創設の経緯を教えて下さい

 同人誌『VIKING』を創刊し文芸復興に注力した富士さんの名を冠した文学賞はもともと三好市が続けており、19年にいったん区切りとなりました。しかし幸い、四国大学が受け皿になって顕彰活動を引き継いでいくことになりました。さらに若い才能の芽を育てたいという気持ちがあり、表彰するだけではなく優れた作品の作者に奨学金を給付する仕組みです。

 ――富士さんの文学との接点はありますか

 10年ほど前に徳島へUターンした頃、たまたま三好市の高校で非常勤講師をしていました。その時に改めて富士さんが戦争中に中国で体験したことを書いた作品を生徒たちと読み、本格的にかかわるようになりました。中国をほぼ一周するような貴重な経験を経ていて、興味深かったです。同時に「郷土の文学」への思いが固まっていきました。

 ――そうした思いが文芸協会設立につながったのですね

 徳島では俳句など短文学にかかわる人は多い。一方で文学や小説に才能のある人は流出してしまう傾向があると思います。「文芸文化の発信地」になれるよう基盤を作っていきたい。

 ――具体的な活動を教えて下さい

 当初は「人が集まるわけがない」と言われましたが、今は20~70代の70人ぐらいのメンバーが所属しています。小説講座を開いたり、年に1回「徳島文學」を発刊したりしています。「徳島文學」には芥川賞作家の寄稿も掲載して装丁にもこだわり、地方の同人誌と中央の文芸誌のそれぞれの長所を合わせ、妥協しない編集をしています。

 ――徳島には戦前、川端康成に才能を愛され、第3回芥川賞候補になった北條民雄(1914~37)がいます

 生誕100年の記念の年になった14年、ハンセン病患者だった北條民雄の本名や出身地が遺族の協力で初めて公表されました。それまでは教科書の中の存在でしかありませんでしたが、太宰治を研究していた立場から見ると、同時期に活躍した作家として見過ごせない存在だと思います。

 ――昨年12月に「民雄忌」と称し地元・阿南市で「偲ぶ会」がありました

 今年は新型コロナウイルスの影響で屋内に集まってもらうことは難しいと思います。それでもオンラインなどを通じて何かしたい。ハンセン病の療養所について書いた代表作「いのちの初夜」をはじめ、彼のことを地元から顕彰することは日本文学史上でも意義のあることだと思います。まだ文学碑すらないですから。(雨宮徹)

     ◇

 ささき・よしと 徳島県石井町出身。二松学舎大学文学部を卒業後、大学院で太宰治などの研究をする傍ら作家活動もし、小説「青空クライシス」で第14回三田文学新人賞などを受賞。2011年に四国大学生涯学習センター講師になり、20年4月から文学部教授。

関連ニュース