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 日本学術会議が推薦した会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかった問題が発覚して1カ月。任命拒否の理由は説明されないまま、政府や自民党で学術会議のあり方を見直す議論が始まった。対象は財源や人員削減だけでなく、組織のあり方そのものにも及ぶ。学術会議とは何か。改めて組織や使命、歴史を振り返る。

 日本学術会議は、大日本帝国が1920(大正9)年に設立した学術研究会議を前身とする。科学者が太平洋戦争に協力したことを反省し、戦後まもない49年に設立された。

 原子力の研究開発をめぐって「民主・自主・公開」の三原則を決議し、これが国の原子力基本法に取り入れられた。南極観測や地震研究、宇宙開発など、政策に大きな影響を与える勧告を次々と出した。

 だが、56年に原子力委員会、59年に科学技術会議、68年に宇宙開発委員会と、専門の機関が相次いで設置されると、学術会議は力を失っていく。

 背景の一つが会員の選考法だった。発足当初は民主的運営を標榜(ひょうぼう)し、科学者が投票する公選制だったが、イデオロギー対立を招き、83年に学術会議が指定する学会が推薦する形に制度が改正された。ところが、今度は学会への利益誘導の様相を呈してしまう。

 行政改革の機運もあり、学術会議は再びあり方の見直しが議論された。97年の行政改革会議。関係閣僚らが出席した集中審議の場で「会員となる学者の単なるステータスとなるだけで、存在の意味が分からない。いっそ廃止したら」「学者の名誉欲の発散の場となっている嫌いがある」などの指摘が出たと、当時の議事概要に記されている。

 科学技術会議の後継の総合科学技術会議に吸収する案も出たが、「政策に対して科学的知見を利用することが必要」との慎重論もあり、総合科学技術会議で引き続き議論することになった。

 その後、総合科学技術会議が2003年にまとめた報告書が、現在の学術会議の基礎になった。報告書はまず、社会的課題の解決に向けた提言や社会との対話が学術会議に期待されているとし、「総合的、俯瞰(ふかん)的な観点から活動することが求められている」とした。菅首相が任命拒否の説明で繰り返す文言は、この報告書が元になっている。

 課題は会員の選考方法だった。報告書は「(学界などの)利害から自立した組織、在来の学問体系や分野の勢力図から離れて組織が構成されるべき」だとし、会員が業績を調べて推薦する方式に改めることが適切だと提案した。さらに、会員の高齢化で活動が弱まるのを防ぐために70歳の定年制の導入や、七つあった部門制を大くくりの3部門制にする提案もあった。これらが採用され、学術会議は05年、会員候補は会員が推薦し、部門数も3部門の現在の形になった。

 一方、政府からの独立性を確保するための設置形態については議論が継続され、最終的に、政府の有識者会議が安倍政権時代の15年、学術会議が独立性を持ちつつも、内閣府の「特別の機関」として国の予算措置がふさわしいと結論づけた。

 有識者会議は報告書で、提言の増加や迅速な見解の発表など「改革による成果は着実に上がってきている」と評価。「独立性が担保され、政府に勧告する権限がある現在の制度は、日本学術会議に期待される機能に照らしてふさわしく、変える積極的理由は見いだしにくい」とした。

 会員の身分については特別職の国家公務員のままとなった。会長だった東京大の大西隆名誉教授は先週、「会員がなぜ国家公務員でなければいけないのか、わかりにくい。これからの議論のテーマになるかもしれない」と語った。

予算は10年ほぼ一定 「活動は手弁当中心」

 運営費はすべて国費でまかなわ…

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