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 全国の自治体が生き残りをかけて取り組んだのが、1999年から2010年の「平成の大合併」だった。人口減・少子高齢化に伴う社会保障サービスの行き詰まりや財政悪化を見据え、自治体の形を大きくすることで、スケールメリットを生かして行政運営の効率化を図ろうとした。

 3千超だった市町村は1700余りに減った。中規模な自治体は増えたが、人口減に歯止めがかからなかったり、財政難に陥ったりする困難に直面している。

 「合併した町村は過疎が加速する傾向がある」。日本弁護士連合会は昨年11月、懸念されていた通りの調査結果を発表した。合併を選ばなかった人口4千人未満の町村と、それらに隣接し、もともとは人口規模などの環境が似ていた合併した旧町村の47組を比較した。43組で合併選択の旧町村の人口減少率が高かった。合併ではもともと、周辺部となる旧市町村の活力喪失は懸念されていたが、それが現実となった。

合併した村、しない村 分かれた明暗

 そのうちの1組が岡山県西粟倉村と、05年に周辺5町と合併して同県美作市になった旧東粟倉村だ。旧東粟倉村最後の村長となった春名明さん(83)は後悔する。「地方はパッチワークのようなもので、それぞれに特色がある。大合併は、そのパッチワークを一つの色に塗り替えてしまった」

記事の後半では、合併から約15年がたち、危機的な財政状況に陥っている、ある市の事例も取り上げます。

 村長時代には自然を生かした観…

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