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 店を閉めろと貼り紙をしたり、県外ナンバーの車をあおったり――。コロナ禍は改めて、日本社会の同調圧力の強さを見せつけました。その根っこを考えるうえで、注目されているのが「世間」論です。日本人は「社会」ではなく「世間」に生きている。そんな切り口で足元を見つめ直したのは、名著『ハーメルンの笛吹き男』で知られる歴史学者でした。

拡大する写真・図版新型コロナウイルスに絡む差別やいじめ、風評被害につながる言動をしないよう呼びかけるチラシが配られた=6月、佐賀市

 「何がおめでたいんですか!」

 その剣幕は落雷のようだったと、著述業の浅羽通明さん(61)は振り返る。1987年、歴史学者の阿部謹也さん(1935~2006)と電話中、一橋大の社会学部長に決まったと聞き、反射的に「おめでとうございます」と漏らした社交辞令への即答だった。雑務の激増で、私の研究がいかに滞るかわからないのですか、と続けた。

 紋切り型の祝辞には「ありがとう」とおきまりの返事。これにより「同じ空気を共有」感が確認されて、安心して会話ができる。「そうしたごく普通の『お約束』にすら懐疑を辞さない先生。当時から口にされていた『世間』論の身体的実践でした。本物の知性と触れた思いがして、実に爽やかでした」と浅羽さん。

拡大する写真・図版一橋大学学長時代の阿部謹也さん=1993年

 ドイツ中世史を研究し、『ハーメルンの笛吹き男』のほか、『中世を旅する人びと』『中世の窓から』などの多くの著作がある阿部さんの視線は日本社会に向かった。そこには「個人」を前提とした西欧流の「社会」が根付いておらず、「世間」が支配している、と考えた。

 一橋大学長になった92年に出した『西洋中世の愛と人格』に論考を収め、後書きで《日本における人と人の関係を、私としては初めて正面から取り上げた》。副題を「『世間』論序説」とした。

 翌年、朝日新聞のコラムではこう説明した。《世間の絆とは郷土や同窓、会社そのほか日本人が結んでいる人間関係の全てを包括している絆である。世間という絆の中でのみ日本人は自己を位置づけることができるのである》。そのうえで、より闊達(かったつ)な生き方を模索するためにも「世間」の意味を問い直さなければならない、との決意も示した。

記事の後半では、鴻上尚史さん、森達也さんが同調圧力とその対処法について語ります。

 このコラムを読んだ講談社の編…

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