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 9月に台風10号が来たとき、障害のある人はどう避難したのか――。佐賀市のコミュニティーラジオ「えびすFM」では、当事者たちが体験を振り返る番組を放送した。医療的ケアが必要な子どもと、その母親は、停電で医療機器が止まると「命の危険につながる」という、不安な思いを語った。

 10月5日。スタジオに佐賀県立金立特別支援学校(佐賀市)中学部の1年生、山本歩夢(あゆむ)さん(13)と、母親の可奈子さん(41)の姿があった。長男の歩夢さんは筋肉が萎縮し、筋力が徐々に弱る「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」という難病で、常に人工呼吸器をつけている。

 台風10号は9月7日未明、県内に最接近した。「特別警報級」として、事前の避難や停電への警戒が呼びかけられた。

 番組などによると、歩夢さんは人工呼吸器のほか、加湿器やたんの吸引器といった医療機器が欠かせない。可奈子さんは「電気が止まることは、歩夢の呼吸が止まることを意味する。何よりも怖かった」。千葉県で昨年、台風による大規模な停電が起きたこともあり、初めて2人で避難所に行くことを決めた。

 佐賀市は、高齢者や障害者らを受け入れる「福祉避難所」を、今回初めて開設した。市保健福祉会館(ほほえみ館)には、非常用の発電機を設置。医療機器などの電源が必要な人は、ここに避難するよう呼びかけていた。

 ただ同館には、6日正午の開設前から想定以上の人が集まった。市は急きょ、電源が必要な人の避難先を市役所に変更。歩夢さんと可奈子さん親子も身を寄せた。市によると、準備していた非常用発電機から医療機器への安定供給が難しいことが、直前になって判明したためという。

 庁舎の大会議室で、4世帯13人が一夜を過ごした。非常用電源があり、停電時でも専用のコンセントから電気が供給される。可奈子さんは「確実に使える安心感があった」。発電機だと実際に医療機器とつないで作動するか、対応できる職員がいるのかなど、不安があったという。

 一方、課題も見えた。用意された簡易ベッドは、布張りの担架のようなもの。大人には小さいサイズで、たわみやすい。歩夢さんのように姿勢を保つのが難しい人にとっては、呼吸がしづらくなるという。

 また隣の家族との仕切りは、オフィス用の机だけ。ベッドの上で着替えるときに見えてしまう高さだったため、急きょホワイトボードと新聞紙を借りて対応した。可奈子さんは「避難してみて初めて気づくことが色々あった。実際と同じ環境で、行政と一緒に訓練する機会が必要だ」と話す。

 「台風では、家にいないほうがいいかも。でも本当は家がいい。ベッドは自分のがいい。でも、大丈夫とは思えないかも」。

 可奈子さんは放送で、事前に聞き取った歩夢さんの思いを伝え、「複雑な思いが表れている」と話した。

     ◇

 この番組は、毎週月曜の午後7時から、1時間生放送するトーク番組「エイブル・オン・ラジオ」。車いすユーザーの人らがパーソナリティーを務め、日常の中での気づきなどを発信している。番組では9月14日以降、4週にわたって台風10号をテーマに扱った。

 歩夢さんと可奈子さんが出演したのは最終週。まず歩夢さんが、足の指の動きで操作して音声が出る意思伝達装置を介して自己紹介し、可奈子さんが当時の状況や、親子の思いなどを説明した。

 それまでの放送では、パーソナリティーたちから、「福祉避難所」に関する指摘や疑問が上がった。

 障害への理解を広める活動をする「○○な障がい者の会」会長の内田勝也さん(31)が指摘したのは、台風当時、佐賀市のホームページに記載された一文。福祉避難所の対象者を「介助者の同伴が可能な方」としていた。

 内田さんは「一人暮らしの人からは『普段お願いしているヘルパーさんが、当日は頼めなくて困った』という声を聞いた。本来は介助者がいない人こそ、避難所を利用したいのではないか」と話した。

 そもそも福祉避難所とはどんな場所なのか、という疑問も出た。実際に避難した北古賀雄三さん(36)は「『福祉』と言うからには、専門的なスタッフが常駐しているとか、快適なベッドがあるとか、違いがあるのだろうと思った」。ただ市によると、他の避難所との主な違いは、簡易ベッドを多めに確保したことと、保健師を各施設に1人配置したことという。

 行政の情報発信も課題になった。市のホームページにあった情報は、開設の日時と場所。メンバーは「どんなベッドや設備があるのか、写真で紹介があると荷物の準備がしやすい」「受け入れ人数や、先着順かどうか、などの情報もほしい」などと語った。(福井万穂)