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 将棋の渡辺明名人(36)と囲碁の趙治勲名誉名人(64)が対決する今月14日の「異種格闘棋戦」まで、あとわずか。令和の将棋界の頂点に立つ渡辺に対して、趙も昭和から平成にかけて、四半世紀にわたり囲碁界のトップを張った大棋士である。「負けたら明日はない」という闘魂で、3度にわたる3連敗4連勝など数々の奇跡を起こし、「七番勝負の鬼」と呼ばれた。

 まさに囲碁の申し子である。1962年、6歳で韓国の家族と離れて日本に渡った。

 当時の日本は世界でも抜きんでた囲碁最強国だった。その中でも木谷実九段(故人)が主宰する東京・四谷の道場は、石田秀芳二十四世本因坊(72)、加藤正夫名誉王座(故人)ら天才の兄弟子も多く、趙一家は7人きょうだいの末っ子を「囲碁の世界チャンピオンに」と道場に放り込んだのだ。

 とはいっても6歳の子どもである。囲碁の勉強に精を出さず、遊びに夢中だった。様子を見に来た兄が「なんのために日本に来たんだ」と張り飛ばしたことがある。少年は泣きながら「頼みもしないのに、どうして日本に連れてきた。韓国に帰してくれ」と言い返した。

 異郷の地で寂しかったのだろう。親しい道場生に「早く名人になってお母さんに会いたい。名人にならないと会えないから。僕は強くなると思う?」と聞いている。

 木谷は趙の碁才を買っており、周囲に「10歳までに初段(プロ入り)」と言っていた。しかし少年は期待に応えられなかった。死のうと思い、列車に乗って日光華厳の滝に向かった。

 途中で日が沈み、怖くなって道…

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