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 今回は、いつもと毛色を変えて、Q&A企画です。これまで一方通行で発信してきましたが、すこしでも読者の皆さまと双方向のやりとりができればいいなと考えました。

 質問を募集したところ、たくさんの方からメッセージをいただけて胸がいっぱいです。ありがとうございました!

 個別のご返信になるものもありますが、できる限り、このコラムでも、質問にお答えしていきたいと思います。

【質問】好きなドラマ、小説は何ですか?

 う~ん、いろいろあって悩むなあ。

 まず、ドラマ。基本的に医療ものは、だいたい見ます(笑い)。でも、病気になったから興味を持ったわけではありません。子どもの頃から人体に関心があって医師を志していたこともあり、好んで見ていたように思います。

 中でも「救命病棟24時」は、とくに印象に残っている作品です。江口洋介さん演じる主人公・進藤先生が、真っすぐに命と向き合う姿勢にひかれました。

 同時に、知識や技術の研鑽(けんさん)を積むのはもちろんですが、それを生かすための精神力を養うことも不可欠なのだという気付きを得たのを覚えています。第1シリーズ放送時はまだ小学生。だいたい午後9時前には就寝していました。録画を見ていた記憶はないので、その時だけは頑張って夜更かしをしていたんだろうなあ。

入院時にシリーズを一気読み

 小説は、海堂尊さんの「田口・白鳥シリーズ」。「チーム・バチスタの栄光」と言えば、ピンとくる方も多いのではないでしょうか。

 リンパ浮腫で入院していた時に、シリーズほぼ全巻を一気読みしました。家から持ち込んでいた数冊をあっという間に読み終えてしまったので、ネット通販で足りない分を買い足しながら読み進めていたのですが、届け先の住所は病室です。○○病院303号室。まるでマンションの一室かのような表記に、思わず、くすり。

 シリーズの中でのお気に入りは、「イノセント・ゲリラの祝祭」です。厚生労働省主催の医療事故調査委員会の創設を検討する会議を描いた部分で、彦根医師が「エーアイ(Ai:死亡時画像診断)の光は、ここまで届く」と言い放つシーンにはしびれました。

 この辺で、「えっ? 『ナイチンゲールの沈黙』じゃないの?」という声が聞こえてきそうですが、私が小児がんサバイバーだから、小児病棟が舞台の「ナイチンゲール・・・」を挙げるとは限りません。

 きっと、病気の経験がなくても好きになっていたと思うし、2番目のお気に入りは救急医療を描いた「ジェネラル・ルージュの凱旋」です。前者も後者も同時期を別の視点で描いたものですが、小児がんを患った経験よりも、救命救急に携わる医師を志した背景にある心情の方が、私にとっては根源的な要素だという表れなのでしょう。

 ちなみに、このシリーズ小説の一部は、映画やドラマにもなっています。活字の作品が実写化されたときの配役は賛否が分かれるところだと思いますが、私の好みは断然ドラマ版!

患者の視点だと違和感も

 医療しばりをしているわけではないのですが、どうも偏ってしまうようです。もとから好きだったとはいえ、病気になった前と後では、やはり見方も変わりました。あるあるだなと肯くこともあれば、首をかしげてしまうことも。

 ベッドに寝ている患者が、医療従事者やお見舞いの人と話しているシーンを思い出してみてください。やたらとギャッチアップで上半身を起こしたがるうえに、病院の物とは思えないボリューム満点の枕――。第三者目線で見ている分には違和感のない光景でも、患者視点に立った途端に違和感でしかなくなります。

 電動ベッドの背上げ機能でギャッチアップしていくと、角度が増すにつれて身体がずり落ち、骨盤が寝たまま上体が起き上がってしまうので、褥瘡(じょくそう)の危険も伴う窮屈な姿勢になりがちです。それを防ぐために、ある程度角度をつける場合は、足上げ機能やクッションを用いてひざを曲げる工夫が必要だったりします。

 それでも、30~45度を超えると、腰やお尻に負担がかかっている感は否めません。それにもかかわらず、ドラマでは60度は超えているんじゃないか!? というくらいの傾斜での長座位(ちょうざい)をよく見る気がします。そんなにギャッチアップして安定しているなら、ベッドの脇に足を下ろした端座位(たんざい)の方が楽なんじゃないかなと、余計なおせっかいを焼きたくなってしまいます。

 ボリューム満点の枕であごを引くような形に頭を上げるのも、「映える」ためには必要な演出なのでしょう。でも、病院の枕って、そんなフワフワじゃないんだよな・・・と、つい現実がよぎってしまうのです。

 ベッド周りだと、ナースコールの位置も気になります。術後など、まだ状態が芳しくなく、ベッドから起きられない患者に、「何かあったら押してくださいね」と、肩横にナースコールを置いて看護師が去っていく場面、ありますよね。

 「そこは、手が届かないんです!」と、声を大にして言いたい! 実際の看護現場にも共通していることです。現役の看護師さんには、3本前のコラム「物を置く場所で変わる 寝たきり生活を快適にする工夫」(https://www.asahi.com/articles/ASN8P766GN8JUBQU001.html)をぜひ読んでいただいて、ベッド上生活にデッドスペースがあることを知ってほしいです。

点滴のルートの先は・・・

 さらにこんな例も。抗がん剤治療をしている白血病の小児患者が点滴台を押しながら歩いていたので、ルートの先をたどって見ると、もしや「手背(しゅはい)!?」。

 抗がん剤や高カロリー輸液など、漏れて支障をきたすものは、末梢(まっしょう)の血管ではなく、太くて心臓に近い静脈にラインを取るのが一般的です。内頸(けい)静脈や鎖骨下静脈からカテーテルを留置したり、ポートを埋め込んだりして、中心静脈で管理をします。ましてや小児となれば、成人のプロトコルよりも強い薬だったり量が多かったりするので、なおさら末梢はあり得ないはず・・・。「さすがに手背はないなあ」と、思わず突っ込んでしまいました。

思いがけない気付きや学び

 この類のものを挙げればきりがないけれど、本質は別のところにあると思っています。病気になる前は、作中の患者のセリフ一つをとっても、実際を知らないがゆえに「そういうものなのかあ」と、ただ受け止めることしかできませんでした。いや、きっと、ただただ通り過ぎていたのでしょう。

 けれども、小児がんを患い、それなりに「濃い」闘病体験を経た後では、登場人物のセリフや所作の一つひとつに、自分なりの意見を持てるようになったのです。作品を通して生じた疑問や知的好奇心を掘り下げてみたり、思いがけない自分の気持ちに気付かされたり・・・。そこから派生する学びのきっかけこそがキャンサーズギフト(がんになって得た贈り物)なのかもしれません。

<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。