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 戦国武将・明智光秀の妻熙子(ひろこ)の命日とされる11月7日、死去した日や戒名を記した古文書が、光秀の菩提(ぼだい)寺・西教寺(さいきょうじ)(大津市坂本5丁目)の明智光秀公資料室で初めて展示される。

 古文書は、江戸時代の1740(元文5)年に住職真際(しんさい)上人が寺の歴史をまとめた「戒光山(かいこうざん)西教律寺記(さいきょうりつじき)」。熙子が1576(天正4)年11月7日に亡くなったことや戒名の「福月真祐(ふくげつしんゆう)大姉(だいし)」が記されている。

 細川ガラシャの母でもある熙子の死去日をめぐっては二つの説がある。もう一つの説は、1582年の本能寺の変後に居城だった坂本城が落城した時で、江戸時代の軍記物「明智軍記」などに記されている。しかし、今年8月、近くの寺で1581年に寄進された仏画に熙子の戒名が見つかり、1576年死去説が有力になった。

 古文書の展示は来年2月7日まで。命日の11月7日は、性別・漢字を問わず、名前に「ひろ」とつく人は寺の拝観と境内の禅明坊(ぜんみょうぼう)光秀館の入館(大人2人分)が無料になる。問い合わせは市観光振興課(077・528・2756)へ。(筒井次郎)