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 「あぁ、温かいね」。JR信越線の横川駅(群馬県安中市松井田町横川)で、名物の駅弁「峠の釜めし」を買った女性の顔がほころんだ。益子焼のお釜に入った弁当は重みがあり、ぬくもりが伝わってくる。

 鶏肉とゴボウ、シイタケ――。味がしみていて食欲をそそる。黄色い栗とオレンジ色のアンズが彩りと甘みを添える。味がついたご飯はほんのりと温かい。昔ながらの素朴な味わいだ。

 「見た目も楽しい。駅弁というスタイルは日本の文化であり世界の人に知ってほしい」。創業135年の荻野屋の6代目社長高見沢志和(ゆきかず)さん(43)。

 峠の釜めしは、祖母で4代目社長のみねじさん(故人)の時に生まれた。碓氷峠のふもとの横川駅は乗降客が多い高崎駅(群馬県高崎市)と軽井沢駅(長野県軽井沢町)に挟まれ、駅弁を買う人がほとんどおらず、経営は厳しかった。

 どんな駅弁なら売れるのか。乗客に聞くと「温かい弁当が食べたい」という。見た目がかわいらしく、保温性が高い陶器の釜を容器に採用。中身は「山の幸」にこだわった。1958年に売り出した釜めしは重く、売り子に嫌がられた。だが雑誌のコラムで紹介され、人気に火がついた。

 97年、新幹線が長野まで開通。信越線の横川―軽井沢間が廃止された。あまり売れなくなった鉄道駅に代わり、ドライブインや上信越道横川サービスエリアなどの店が主力に。2017年には東京・銀座の大型商業施設「GINZA(ギンザ) SIX(シックス)」に出店した。各地のデパートの駅弁フェアでも人気商品だ。場所は変わっても、昔ながらの味を提供している。

 時代の荒波を乗り越えてきたが、今年のコロナ禍で3~8月の観光需要はほぼ無くなり、予想外の大打撃となった。ここ数年、60億円前後で推移してきた年商は半減しかねず、不採算店の撤退や出店計画の見直しを迫られた。高見沢社長は「コロナ禍で観光の比重が大きいと改めて気づかされた。日常的に、身近に利用してもらえるように転換していきたい」と話す。(柳沼広幸)

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 荻野屋は、横川駅が開業した1885年、許可を得て構内で駅弁の販売を始めた。駅弁としては宇都宮駅(宇都宮市)に次ぐ古さだという。創業時の駅弁は、おむすび2個とたくあんを竹の皮に包んだものだったという。

 山間の駅で販売に苦労したが、「峠の釜めし」の大ヒットで様変わり。皇族も食べた。発案した4代目社長の高見沢みねじさんをモデルにしたドラマ「釜めし夫婦」(フジテレビ系)が67年に放映されるなど日本を代表する駅弁に。年間の売り上げを1日にならすと7千~8千個になる。

 「感謝」「和顔」「誠実」を社是として受け継ぐ。現社長の志和さんは「お客様だけでなく従業員、取引先にも感謝。ほがらかに対応し、おごりを戒める。時代は変わっても普遍的な価値として大切にしていきたい」。

 慶応大大学院で学んだ志和さんは、観光依存からの転換を目指す。「釜めしにおんぶにだっこではなく、新しいことにチャレンジしたい」。釜めしという看板商品は守りながら、飲食部門や都内の事業などに力を入れるという。

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