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 同時代の洋楽ヒットのコード進行やサウンドを歌謡曲に取り込み、日本のポップスを進化させた――。先月7日に80歳で亡くなった作曲家の筒美京平さんの功績を挙げるとすればこの点は外せないだろう。ただ、日本の大衆音楽史に詳しい大阪大学准教授の輪島裕介さん(46)は、筒美ソングの魅力はそうした「洋楽/邦楽」の二項対立だけでは語りきれない「深み」があるという。話を聞いた。

――改めて、日本の音楽史における筒美さんの功績とは?

 様々なメディアで言い尽くされていますが、それまでのレコード会社専属制度の中での「旋律」を書く担当者としての作曲家ではなく、歌手のキャラクターに合わせた作曲・編曲をし、レコード会社の壁を超えて曲を提供した、ということにあると思います。音楽的には、流行の「洋楽」の編曲を参照しつつ、鼻歌でも歌えるような当時の日本人の音感に即したキャッチーなメロディーをのせたところでしょう。

――亡くなった際の弊紙の関連記事でも「歌謡曲の世界に、徹底して研究した洋楽のサウンドを取り入れ、日本のポップミュージックの新たな地平を開いた」と評しています。ただ「外来音楽を、日本風に味付けしながら模倣する」という行為は、何も筒美さんに限らず、それ以前から日本では普通に行われていたのでは?

 おっしゃるとおり、日本の流行歌の歴史のなかでは「外来の模倣」は、常套(じょうとう)的に行われてきました。しかし、1960年代前半までの日本のレコード制作は、30年代に確立したレコード会社専属制度のもとで、歌唱スタイルや曲調は良くも悪くも確立されていました。ですので、同時代の洋楽の流行をいち早く取り入れる、という楽曲スタイルが音楽界の主流になる、というのはやはり60年代後半からおそらく80年代末ごろまでにとりわけ特徴的なものではないか。そしてその期間はそのまま「筒美京平の時代」とも言えるのではないかと思います。

――現在の日本で同じスタイルの作曲家はいますか?

 ①多様な歌手に曲を提供してい…

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