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 東京六大学野球秋季リーグの優勝をかけて7日から激突する早大と慶大。早大・小宮山悟監督(55)と堀井哲也監督(58)にも、早慶戦には忘れられない思い出がある。

 小宮山監督が芝浦工大柏高(千葉)時代、テレビ中継を見て早慶戦にあこがれたのは有名な話だ。先生に相談すると、「おまえは慶応じゃない。早稲田の雰囲気だ」と言われたそうだ。2浪して進学し、1年(1986年)春からベンチ入り。同年秋にはあこがれの早慶戦で初登板を果たしている。早慶戦初勝利は2年秋。自身のリーグ戦初完封でもあった。

 印象的なシーンだったのは3年秋の早慶戦2回戦。1回戦で完投(2―3で敗戦)した小宮山投手は四回からロングリリーフし、粘投を続ける。そして、1点リードで迎えた九回2死二塁。慶大の4番大森剛選手を敬遠する選択をしたときだ。

 1球目を大きく外した後、2球目がなかなか投げられない。こみ上げる涙をアンダーシャツでぬぐった。「どんな手を使っても勝とうと気持ちを切り替えた」。後続を断ち、小宮山投手は語った。

 4年生になり、主将になった小宮山投手は、春秋とも早慶戦で2勝ずつをあげ、有終の美を飾る。

 対する慶大・堀井監督は韮山高(静岡)から80年に慶大に進学。早慶戦で初めて先発出場したのは4年春の3回戦だった。

 「今でもよく覚えていますよ」と本人が振り返る。2回戦で敗れた慶大の前田祐吉監督は、合宿所に帰ると、部員を集めて明日の先発メンバーを発表した。

 「5番レフト堀井」

 そして、ひと言ずつアドバイスを送る。

 「お前は4年間で最初で最後の先発だ。悔いのないようにやれ」

 うれしさの半面、「えっ? まだ秋があるのに」と困惑したという。

 初先発の堀井選手は、いきなり大仕事をやってのける。一回、左打席から右越えにタイムリー二塁打を放ったのだ。ところが相手が左の木暮洋投手に代わった2打席目は、代打を出されてしまう。

 それでも最後の4年秋はレギュラーになり、早慶2回戦で一回、満塁の走者を一掃する先制二塁打を放つ。3回戦は相手先発が左の木暮投手にもかかわらず、先発フル出場した。「それまではいつも最後に守備固めを出されていた。すでに社会人野球に進むことも決まっていたので、しっかり頑張れという前田監督の親心だったと思っています」(編集委員・安藤嘉浩