後藤一也
インフルエンザの流行が終わる春は、横浜市の金野幸雄(こんのさちお)さん(44)一家3人にとって、外に出かけたくなる季節だ。だが今年は違った。新型の感染症なんて、考えたこともなかった。一家はいまも感染への恐怖と闘い続けている。
妻の晴子(はるこ)さん(48)が妊娠8カ月のとき、おなかにいた長男太晴(たいせい)くん(11)は、神経が通る背骨のトンネルの形が一部不完全な「二分脊椎(せきつい)症」と診断された。生後5カ月で気管切開の手術を受け、24時間人工呼吸器を必要とする。1日に150回以上のたんの吸引があり、そのたびに感染のリスクにさらされる。歩くことはできず、上半身にまひが残っている。気持ちを言葉にはできないが、表情はとても豊かだ。
自宅での生活を考えたとき、晴子さんは「急に太晴の体調が悪くなったらどうしよう」と不安だった。「せや在宅クリニック」の大村在幸(おおむらありゆき)院長(49)が「お父さんとお母さんと一緒に過ごしてみてはどうですか」と後押しした。太晴くんは5歳の誕生日の前日に退院し、大村さんが月2回の訪問診療でサポートしている。
太晴くんは学校が大好きで、平日は晴子さんの付き添いで特別支援学校に通う。帰宅後は週5日、訪問看護のスタッフに来てもらって入浴する。休日には車いすに乗って近くのスーパーに行くなど、積極的に外に出ていた。
一家は毎冬、インフルエンザがこわい。大病の経験はないが、太晴くんは一度体調を崩すと治るまでに人の倍の時間がかかり、一気に体力が落ちる。だから生活リズムをなるべく変えず、予防接種や手洗い、人混みを避けるといった基本的な感染症対策を心がけてきた。マスクと消毒液は必需品だ。
今年1月、中国・武漢で新型コロナウイルスの流行が報じられた。日本国内は、まだ店頭にマスクが並んでいたこともあり、晴子さんは「太晴の5年生の残りの学校生活をどう楽しく過ごそうか」と、あまり気にしていなかった。
ところが2月、事態が一変した。横浜港に停泊したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスで、連日新たな感染者が確認された。店頭からマスクや消毒液が消えていった。
衛生用品はたんの吸引や鼻からの食事などのケアに欠かせない。スプレーの消毒液を使えばすぐにケアが終わるが、使い切ったら補充のめどがたたない。幸雄さんと晴子さんは、4センチ角ほどの小さなアルコール綿1枚で今までの何倍も時間をかけて丁寧に手を消毒した。
特別支援学校へ通学しても大丈夫だろうか。晴子さんは月2回の訪問診療にくる大村さんに聞いた。「今は通常の学校生活で問題ないでしょう。太晴くんがマスクをつけても感染を直接防ぐ効果はないかもしれませんが、手をなめたりすることは防げます」
ただ、状況は数週間でさらに変わった。
太晴くんが定期的に通う病院で…
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朝日新聞社会部