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 長崎県川棚町に計画中の石木ダムの水没予定地を11日、長崎市の小学生約80人が社会科見学で訪れた。ダム予定地を含む一帯には太平洋戦争中、町の海岸部にあった魚雷工場が疎開したことで各所に遺構が残る。平和学習、人権教育のほか、コンクリート護岸のほとんどない川が流れる集落での自然観察の三つを兼ねて行った。

 13世帯約50人がいまも暮らす水没予定地の川原(こうばる)集落を訪れたのは長崎市立矢上小学校の6年生。住民の日常を撮った映画を事前に見て準備をしてきた。

 引率した中村幸博教諭はショベルカーが動き回る近くの林道で子どもたちに目を閉じさせ、「感じたことを書き留めて」と語った。数分後、「この山の裏手の、もっと大きな音がする場所で住民の皆さんが毎日座り込みをしています。その気持ちを少しでも想像して」と続けた。

 魚雷工場の遺構では、子どもたちは触れたりスケッチしたりした後、3班に分かれて住民の話を聴いた。集落の総代炭谷猛さん(70)は戦時中、亡母が貨車で川棚に運ばれてきた原爆の被爆者を、看護師でもないのに手当てをしたこと、国に土地を取られたのは魚雷工場の移転とダムで2度目であることを語った。

 子どもたちからの「ダム工事がなければどんな生活をしたかった?」との問いに、「休みの日に近くに登山し、ゆっくり田んぼをつくり、日本じゅう回ってみたかった」と語った。(原口晋也)

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