「曽根崎心中」のお初で「扇雀ブーム」を起こし、近松座で近松門左衛門作品に取り組み続けた人間国宝で上方歌舞伎の第一人者、歌舞伎俳優の坂田藤十郎(さかた・とうじゅうろう、本名林宏太郎〈はやし・こうたろう〉)さんが、12日、老衰のため死去した。88歳だった。

 松竹が14日、発表した。親族で密葬を営んだという。

 1931年、二代目中村鴈治郎の長男として京都府で生まれる。41年二代目中村扇雀を名乗り初舞台。49年に演劇評論家武智鉄二の主宰する「武智歌舞伎」に参加し、力をつける。

 53年には、東京・新橋演舞場の公演で近松原作、宇野信夫脚色の「曽根崎心中」を復活させた。父が演じる徳兵衛相手にお初を勤めて絶賛され、「扇雀ブーム」を巻き起こした。

 81年に近松作品の全作品上演を目指して「近松座」を結成した。90年に三代目中村鴈治郎を襲名、2005年には四代目坂田藤十郎を襲名した。

 15年の83歳の時、福岡市の博多座「曽根崎心中」でお初役が通算上演1400回となった。

 妻は元俳優で元参院議長の扇千景さん、妹が俳優の中村玉緒さん、長男は四代目中村鴈治郎さん、次男は三代目中村扇雀さん。

 80年芸術選奨文部大臣賞、94年人間国宝に認定、2009年文化勲章。日本俳優協会会長も務めた。

 昨年12月に京都・南座で「祇園祭礼信仰記 金閣寺」の慶寿院尼の役を勤めたのが最後の舞台となった。