没後10年井上ひさし像 五木寛之さん、長女都さん語る

石井力 上月英興
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 川西町フレンドリープラザと東ソーアリーナ(山形市)。山形県川西町出身の作家・劇作家、井上ひさしさん(1934~2010)ゆかりの両施設で15日、コロナ禍で延期になっていた没後10年の企画が開かれた。井上さんの誕生日前日にあたるこの日、語られた井上像とは――。

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 川西町フレンドリープラザで開かれた井上さんを語り継ぐ「吉里吉里忌」は今回が6回目。例年、4月の命日近くに開かれていたが今年は延期され、井上さんの誕生日11月16日に近い日曜日のこの日に開いた。節目にあたる今年は全国から約500人が参加し、井上さんの作品や思いを伝えていくことを再確認した。

 遅筆堂文庫の関係者らでつくる実行委員会と同町などが主催。同プラザは約700席あるが、「3密」を防ぐため全席指定の予約制にした。

 吉里吉里忌では、井上さんと親交があった元NHKアナウンサーの古屋和雄さんが司会を務め、遅筆堂文庫の堂則を朗読した。

 続いて、計14の井上さん作の演劇で演出を手がけた舞台演出家の鵜山仁さんが、質問に答える形で「井上芝居の魅力」を語った。

 鵜山さんは、登場人物たちのぶつかりあいが作品のエネルギーとなり、多様な登場人物の掛け合いが作品の魅力の一つなどと紹介。井上さんと直接交流した世代から、若い演出家たちにつないでいくことの大切さも強調した。

 また、直木賞の選考委員を同時期に務めた作家の五木寛之さんは「井上ひさしさんと私」と題して講演。選考会では、井上さんの理路整然とした批評が楽しみだったことに加え、井上さんの作品の中でも「吉里吉里人」を後世に残る作品として高く評価。今年になって井上作品の復刊が相次いでいることから「この国の文化を底辺から支えていると思う」などと話した。

 東京都内から参加した60代の女性は「五木さんの講演が面白く、井上さんの作品を読み返したいと改めて思いました」。

 夫人の井上ユリさんは「今年は開催できたことが本当にうれしい。コロナになってたくさんの人がひさしさんの言葉を聞きたいと思っていることを実感する。また来年お会いしましょう」と話した。同文庫館長で実行委の阿部孝夫委員長は「コロナで不安だったが、深い話を聞くことができ、没後10年を記念をする良い会になって良かった」。

 来年の吉里吉里忌は4月の井上さんの命日近くに開き、今年は中止した講座「生活者大学校」も開催する予定。(石井力)

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 「私にとって、井上ひさしは作品ではない。生身なんです」。井上さんの劇場構想を形にした東ソーアリーナでは、長女の都さん(57)が「今だから語れる父のこと」と題して、等身大の父・井上ひさしを語った。

 講演を前に、小説「吉里吉里人」を取り寄せたという都さん。「10ページしか読めなかった。つまんなくてと言うと失礼ですけど、これじゃパパがいつも言ってることじゃん、みたいな感じになっちゃうんです」

 井上さんは「耳が敏感」。芝居の執筆中は井上家は物音を立てられず、役者らが泊まりがけで原稿を1枚ずつ稽古場に運んだ。「父が芝居を書くのが本当に嫌だった」。1983年に劇団「こまつ座」を旗揚げする際、都さんは直談判して反対した。

 旗揚げ公演は「頭痛肩こり樋口一葉」。仕事をしたがっていた都さんの母親に対する井上さんなりの応援だったという。「いまの女性の地位は一葉らの積み重ねがあってのことということで、一葉にしたそうです」

 書き始めるまで時間がかかる遅筆だったのは「気が小さかった」ためと説明。「ギリギリまで調べないと書けなかったと思う。誰かに何かを言われるのも恐れていた」。誰にでもライバル心を燃やす一面も。「三谷幸喜さんの芝居、見た?」と聞かれた都さんが激賞すると、「みー君みたいなお客がいるから嫌なんだ」と怒った。

 都さんがこまつ座代表だった24年間の新作21本のうち、公演初日に間に合ったのは、被爆後の広島が舞台の二人芝居「父と暮せば」だけ。被爆者から内容の問い合わせを受けた都さんが「デリケートな問題だからね」と言うと、井上さんは「被爆していないから何も言っちゃいけないとか、関係ないと思うこと自体がダメだ。被爆していない自分たちが核という問題を抱えているんだ」。喫茶店が閉まるまで諭された。

 同作と対にする予定の「母と暮せば」は書けずじまいだった。「父が福島原発事故まで生きていたら、必ず書かないとダメだと思っただろうし、書いただろうなと思います。ゴルフも酒もやらず、仕事しかなかった人。そういうところはすごく生真面目でしたから」

 会場には約200人が来場。岩手県一関市の横沢栄基さん(69)は「壮絶な作家の力作の一端を実際に聴いて納得できた。赤裸々な話を聞けました」。アリーナを運営する遠藤征広さん(65)は「10年経ち話せる苦労話。実現できて良かった」と喜んだ。(上月英興)

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