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 広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を巡り、国の援護区域について話し合う厚生労働省の検討会の初会合が16日に開かれた。参加した有識者からは、援護区域の再検討に向けた具体的な提案が相次いだ。

 検討会には、広島大原爆放射線医科学研究所長などを歴任した鎌田七男・広島大名誉教授が広島県の推薦で参加。放射線による健康被害を研究してきた知見を踏まえ、「福島の原発事故で広範囲に飛んだ放射性微粒子の研究を参考に、75年前に放射線がどう飛んだか検討するべきだ」と述べた。会合後、「区域外の人たちに戦後表れた症状を診た上で、黒い雨による内部被曝(ひばく)の可能性を検討してほしい」と語った。

 1989年にアンケート結果などの2千超のデータをもとに「定説の4倍」の範囲で黒い雨が降ったと提唱した元気象庁気象研究所研究室長、増田善信さんは「意見を出し合って、みんなが納得し、被爆者の援護になる議論ができると期待している」としたうえで、「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(広島市中区)に所蔵される手記を使って実態を解明してほしい」と提案した。

 広島市の小池信之副市長は「いろんな分野の専門家の英知を集めるという意味で、前向きな姿勢を感じられた」と期待する一方、「早めの救済を求めており、スケジュール感が気がかりだ」との懸念を示した。日本被団協の木戸季市事務局長は会合後の取材に「実際に被害を受けた『被爆者』の声を聞いた上で議論してほしい」と訴えた。

 広島地裁は7月、国の援護区域外で黒い雨を浴びたと訴えた原告84人全員を被爆者と認める判決を出した。厚労省は控訴に際し、援護区域の拡大も視野に再検証する方針を示した。

 原告側弁護団の竹森雅泰事務局長は15日、広島市内で開いた原告向けの説明会で厚労省の検討会に言及。座長に就いた湘南鎌倉総合病院付属臨床研究センターの佐々木康人・放射線治療研究センター長が、援護区域の拡大に否定的な報告書をまとめた前回の検討会(2010~12年)でも座長を務めていたとして、「一審判決の効果を薄める、なきものにするために開くと思わざるを得ない」と批判した。

 原告の一人、広島市安佐南区の西村一寿さん(79)は、一緒に黒い雨を浴びた母が甲状腺がんで亡くなり、自身も白内障などを患っている。厚労省の検討会について「良い方向に行けばいいけど、国の頭には『払いたくない』というのがある。あと何年生きれば(手帳を)もらえるんじゃろう」と嘆いた。

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 「黒い雨」訴訟を巡り、7日には市民団体が広島市内で報告会を開き、約85人が参加した。

 登壇した「広島県『黒い雨』原爆被害者の会連絡協議会」の牧野一見(かずみ)事務局長は、援護区域の拡大を求めてきた歩みを振り返り、内部被曝の危険性を指摘した一審判決を「画期的」と評価。「判決の確定こそが、全面解決への近道」と語った。

 報告会では、原告27人が暮らす安芸太田町の町議会が、控訴取り下げを求める意見書を決議したことも報告された。同町議会の冨永豊議長は「小さな自治体が主体的に動かなければいけない」と話した。

 「近くでは国の調査がされなかったのに線引きがされた。納得がいかない」。自宅の目の前の川を境に援護対象から外された同市佐伯区の本毛稔さん(80)はそう語った。きのこ雲の方角を記した自作の地図を見せながら、当時を振り返り、「控訴の報道を見てショックを受けた。市長と知事には、線引きの不合理さを分かってほしかった。高齢じゃから、一日も早く認めてほしい」と訴えた。(比嘉展玖、松島研人、西晃奈)