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 7月の記録的豪雨で氾濫(はんらん)した熊本県南部の球磨(くま)川の治水対策をめぐり、同県の蒲島郁夫知事は19日、最大支流である川辺川への治水専用ダム建設を認める考えを県議会全員協議会で表明した。蒲島知事は2008年に川辺川ダム計画の「白紙撤回」を表明し、ダム以外の治水策を検討してきたが、豪雨災害を受けて方針転換した。

 蒲島知事は全員協議会で、「住民の命を守り、地域の宝である清流をも守る新たな流水型のダムを、国に求める」と表明。「ダムか、非ダムかという二項対立を超えた決断が必要」とも述べた。

 川辺川ダム計画は、1963年から3年連続で球磨川水系で大規模な水害が発生したことを受け、九州最大級のダム計画として旧建設省が66年に発表した。蒲島知事は08年、ダム建設に反対する当時の住民世論を受けて「白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求すべきだ」との考えを表明。翌年、民主党政権が中止を表明していた。

 国と県、流域市町村は09年以降、ダム以外の治水策を協議してきたが、実現しないまま今年7月の豪雨災害が発生した。球磨川流域では6千戸以上が浸水し、豪雨による県内の死者65人のうち50人が流域で亡くなったと推定される。その後、ダムを「選択肢の一つ」(蒲島知事)として治水策の検討を始めた。

 蒲島知事はこの日、ダムによる環境への影響を懸念する流域住民の声も強いことから、貯留型の川辺川ダム計画と異なり、川の水を流しながら洪水時だけ水をためる流水型ダム(穴あきダム)を求める考えを明らかにした。これにより球磨川の環境保全も図るという。(伊藤秀樹)

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 川辺川ダム計画 球磨川流域の水害対策として1966年に国が計画を発表。総貯水量は1億3300万立方メートル。中心部がダム湖に沈む五木村は当初反対したが、下流域の安全を守るためとして96年に計画に同意した。村では水没予定地から移転した約500世帯の7割が村外に出るなど過疎化が進み、人口はピーク時の7分の1、約900人にまで落ち込んだ。