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 須坂の「製糸王」と呼ばれた越寿三郎(こしじゅさぶろう、1864~1932)をご存じだろうか。「日本資本主義の父」と称され、新1万円札の肖像画に決まるなど注目を浴びている渋沢栄一(1840~1931)と親交があった越。その功績を振り返ろうと、来年のカレンダーに採用された。

 須坂市立博物館ボランティア会が製作するカレンダー(縦78センチ、横52・3センチのB2拡大版)は、これが11年目。来年のNHK大河ドラマの顔にもなる旬の人物、渋沢と関係がある越に着目した。

 これまで地域の名所・旧跡や桜、古墳などが多く登場しているが、人物は今年版の明智光秀が主役の大河ドラマにちなんで取り上げた須坂出身の戦国武将、須田満親(みつちか)に次ぐ。光秀は「本能寺の変」直前、満親に密使を送ったとされる。

 さて越寿三郎だが、ボランティア会の石田秀明会長(70)は「製糸業が衰退したことで表に出ることは少ないが、知る人ぞ知る偉人」と話す。明治から昭和にかけて製糸業だけでなく銀行、電気、水道、学校なども手がける実業家として活躍。そのためカレンダーのタイトルに「現在につながる功績」とつけた。

 製糸業は、愛知県など県外にも工場を設け、最盛期の従業員は8千人という国内屈指の企業に。須坂産生糸は横浜港から欧米諸国へ輸出され、日本の近代化を支えた。こうした過程で渋沢や大倉喜八郎ら経済人との交流が生まれ、事業を拡大。越が50~60代の頃は渋沢邸をしばしば訪問していたという。

 女工の健康を守るために病院をつくったり、繭の仕入れに多額の資金が必要になって銀行を設立したり。作業効率を高めようと安定的な電気供給に向けて建てた水力発電所の会社は、中部電力の前身だ。産業の発展に学問は欠かせないと創立した私立須坂商業学校の顧問に招かれたのが渋沢で、同校は県立須坂商業高を経て須坂創成高に再編・統合された。

 石田さんは「今に引き継がれている産業などをおこした越のことを、この機会に知ってもらえればうれしい」。カレンダー(税込み1枚250円)の発売は27日からの予定。販売場所など問い合わせは須坂市立博物館事務室(026・245・0407)へ。(北沢祐生)

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