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 今や新潟の名物になった燕の背脂ラーメン。その創業の味は「杭州飯店」(新潟県燕市)で引き継がれている。極太麺に、たっぷりの背脂とタマネギ。燕の工場で働く人たちに寄り添い、いくつもの出会いを経て、その味は生まれた。

 今月中旬、平日の午後2時にもかかわらず、店外に行列ができていた。店内にはラーメンをほおばる職人や会社員ら。厨房(ちゅうぼう)では3代目の徐直幸さん(49)が麺をゆで、ザルにのった背脂をスープに「チャッチャ」と振り落としていく。代名詞の太麺は自家製で、早朝からつくっているという。

 丼一面にひろがる背脂が目をひく。甘いにおいも感じる。煮干しベースのスープはあっさり味で脂とバランスがよく、うどんのような太麺は背脂とよく絡まる。トッピングはメンマやチャーシュー、そしてタマネギだ。

 創業者の昌星(しょうせい)さんは1930年ごろ、出稼ぎで中国から船に乗り、長崎市にやってきて炭鉱で働いた。華僑の先輩がいた仙台市でラーメンの屋台を手に入れて福島などを巡り、仲間がいた新潟市南区の白根地区へ。当時は細麺のあっさりしょうゆを出していた。「ここより燕の工場が盛況だ」と聞き、屋台を引いて32年に燕に。翌年、「福来亭」を開店した。まもなく汗を流して働く職人の要望に応え、スープに塩気をきかせていった。体を使って働く人たちに体力をつけてもらおうと、当時から少量の背脂を入れていた。

 2代目の勝二さん(74)は、64年に店で働くようになり製麺を担当した。時代は高度経済成長期。工場の残業の夕食で大量の出前注文があった。各工場に数十食を届けなくてはならず、一晩で500食にのぼることもざら。細麺では届けた頃にはのびてしまう。そこで、少しずつ麺が太くなったという。

 背脂もスープの熱を逃がさないために増えていった。元々は長ネギをのせていたが、80年代に価格が高騰し、タマネギに切り替えた。客の反応はかえってよく、今の味に至る。

 杭州飯店は、勝二さんが77年…

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