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 岐阜県瑞浪市明世町の市陶磁資料館に「千本杵搗(きねづき)水車」という屋外展示がある。水車の力を使って複数の杵を動かし、焼き物の原料を砕く装置だ。美濃焼製造が盛んな東濃地方で身近な存在だったが、いまではこの資料館でしか見られない。同館では壊れた装置を修復し、原料を砕く様子をお披露目する計画を進めている。

 市陶磁資料館によると、「千本杵搗水車」は江戸時代後期に小里村(現在の瑞浪市稲津町小里)に住んでいた庄屋の和田亀右衛門光度(みつのり)と、林恭邦(きょうほう)住職が考案した。川の支流に水車を設置し、水車が回る力で杵を動かし、原料の土や釉薬(ゆうやく)になる石などを細かく砕く。水車を使うことで、人が石臼で砕くより多くを効率よく生産することができるようになった。

 1850年春、この道具が動き始めると、小里村は窯業(ようぎょう)の原料生産地となった。千本杵搗水車は東濃地方の土岐川水系に次々つくられ、最盛期の1881(明治14)年には、400基を超す水車があったという。大正時代初期には、水車を動力とする回転粉砕器「トロンミル水車」も登場したが、1955年ごろには陶器工場が大型化し、より多くの原料が必要となったことや、電力が普及したため、廃止される水車が増えたとされる。

 陶磁器生産に使われていた木製水車で、東濃地方に残っているのは同館で保存されている4基のみ。いずれも2016年に「美濃の陶磁器生産用具及び製品」として、ほかの用具と国の登録有形民俗文化財となった。

 同館で展示されている千本杵搗水車は同市釜戸町で使われていたもので、同館が開館した1980年から展示されている。かつては団体客が来たときには杵を動かすこともあったが、石臼が割れてしまい、最近はほぼ動かしていなかったという。

 資料館は同館専門委員で陶土販売会社・カネ利陶料会長の岩島利幸さん(70)=同市稲津町小里=にこの道具を修理できないかと相談。岩島さんが仕事で手が空いた時間を使って、今年8月から週に1、2度、ボランティアで修復することになった。

 千本杵搗の基礎をコンクリートで作り直し、割れてしまった石臼を交換し、固定。杵が臼を割らないよう、石臼の高さと位置も微調整した。10月中旬には修復を終え、電力を使って回るようになった。粉じんが飛ばないよう、臼の手前にアクリル板を設置すれば、再び、釉薬の原料となる長珪石を砕く様子をお披露目できる予定だ。

 岩島さんは「千本杵搗は(大量生産が始まる前の)焼き物になくてはならない装置で、修復したいと思っていた。土や釉薬に対してどういう役割を果たしていたか、改めて探ってみたい。(この装置で砕いた原料を使えば)昔の焼き物に近いものになっていくような気がする」と意気込んでいる。(戸村登)

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