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 日本史の教科書で、古代の土器として紹介される土師器(はじき)と須恵器(すえき)の成分について、奈良文化財研究所(奈文研)などが化学的に分析した結果、原料の採掘場所に違いがある可能性が高いことがわかった。土師器には田んぼの粘土(田土(たつち))が、須恵器には山の粘土(山土(やまつち))が使われていたらしい。

 土師器は先史時代以来の伝統的な土器で、須恵器は5世紀ごろに渡来人によってもたらされたと考えられている。用途や歴史の違いなどが研究されてきた一方で、原料の採取場所についてはあまり注目されてこなかったという。

 奈文研や京都国立博物館、奈良大学、滋賀県工業技術総合センターの研究で、特に注目したのが土器のリン含有率。リンは肥料に含まれることから、土器のリン含有率が高ければ、原料の粘土は、肥料がまかれた水田などで採取されたと考えられる。

 今回の調査には、平城京から出土した奈良時代後半の須恵器3点と土師器4点を使用した。それぞれの土器を粉末状に砕いた後、1千度の高熱で不純物などを取り除き、土器に含まれている化学成分の比率を測定。その結果、土師器のリン含有率が1・39~3・62%と高かったのに対して、須恵器は0・02~0・08%と低かった。

 リンは水溶性で雨や水で流れてしまうほか、植物に吸収されるが、それでも土師器は高いリン含有率を示していた。奈良時代にはすでに定期的に田畑に肥料がまかれていたとみられ、このためにリン含有率が高まった可能性があるという。

 一方、奈文研は今年9月、論文集「奈文研紀要」の中で、須恵器の表面に見られる黒色の粒子は、炭化した木片「亜炭(あたん)」だと明らかにした。亜炭が含まれる粘土は主に丘陵地帯で採掘されることから、須恵器の粘土は山で採取された可能性が高い。

 研究に携わった奈文研都城発掘調査部の神野(じんの)恵・考古第二研究室長は「原料に肥料成分が閉じ込められているとすれば、土器の粘土の採取場所を調べたり、農耕の始まった時期を推測したりする研究に応用できる可能性がある」と話した。(渡辺元史)

自然科学的な根拠で分析、大きな成果

 古代の土器に詳しい尾野善裕・京都国立博物館学芸部長(考古学)の話 須恵器は高温で焼成するため、窯は斜面に作る必要があり、研究者のなかでは山の粘土で作っていたと想定されてきた。一方、土師器は低温でも焼成できるため、平地で作られ、平地の粘土が原料と考えられていた。今回の調査結果は、それらの推測に対し、リンという成分に着目して土師器に使われた粘土が田土である可能性が高いと裏付けた。リンの成分比率の多さから定期的な施肥についても言及しており、自然科学的な根拠をもって分析した点に大きな成果がある。