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 東大全共闘との討論を記録した映画が話題を呼び、今なお注目される作家、三島由紀夫(1925~70)。その遺作「豊饒(ほうじょう)の海」には重要な場面に奈良が登場するものも少なくない。25日に没後50年となるのにあわせ、小説ゆかりの地を訪れた。(根本晃)

 日本最古の神社とされる大神神社(桜井市三輪)。「豊饒の海」の第二部「奔馬(ほんば)」の冒頭、主人公の本多繁邦(しげくに)は拝殿の前で開かれた剣道大会に来賓として出席する。もう1人の主人公である右翼青年、飯沼勲(いさお)に出会い、見事な剣さばきを見て感銘を受ける重要な場面だ。

 三輪山の山ふところに、威ある拝殿が聳(そび)えている。その前の広庭の砂利が四角く掃き除(の)けられて、やや赤い土の色が砂にまぶされて、その試合場の三方に椅子(いす)や床几(しょうぎ)が並べられ、大きな天幕が左右の席を覆(おお)うている。

 実際に境内で剣道の試合が行われていたのだろうか。大神神社権禰宜(ごんねぎ)の山田浩之さん(55)は「私はなかったと思っていたんですが、三島の取材ノートを見ると、神職からあると聞いていたようです」。

 1966年8月、三島は日本文学研究の大家として知られた故ドナルド・キーン氏と共に訪れ、境内に3泊した。三島は建物や神道の思想について神職に熱心に聞いていたようだ。小説では取材をいかし、境内の様子が綿密に描写されている。

 滞在中、三島は大神神社の神体である三輪山にも登った。その感想を「清明」という言葉で色紙に残した。拝殿の西にある摂社の狭井(さい)神社に、その文字を刻んだ石碑が立っている。

 三輪山への登拝口は石碑の近くにある。山田さんは「いまはたくさんの人が登っていますが、当時は1日数人だった。ご神体に入るということは今以上に意味深いものでした」と語る。

 大神神社への参拝は三島の生涯や思想に少なくない影響を及ぼしたとされる。井上隆史・白百合女子大教授(日本近代文学)は「三島が自身の精神のよりどころを、近代以降に失われた日本文化の源泉に求めていく出発点になった」と話す。

 三島は帰京後、神社にこんな手紙を送っている。

 「大神神社の神域はただ清明の一語に尽き、神のおん懐に抱かれてすごした日夜は終生忘れえぬ思ひ出であります」(根本晃)

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 大神神社の摂社、率川(いさがわ)神社(奈良市本子守町)は、ササユリで飾った酒だるを供えて無病息災を祈る「三枝祭(さいくさのまつり、ゆりまつり)」で知られる。「奔馬」ではユリを手にした巫女(みこ)が舞を披露する様子などが描かれ、三島は本多に「これほど美しい神事は見たことがなかった」と語らせている。

 高く掲げた百合の花は危険に揺れはじめ、踊りが進むにつれて、百合は気高く立てられ、又、横ざまにあしらわれ、会い、又、離れて、空(くう)をよぎるその白いなよやかな線は鋭くなって、一種の刃(やいば)のように見えるのだった。

 祭神が住む三輪山のふもとにササユリが咲いていたという故事にちなむ祭りで、1300年以上続くとされる。三島は大神神社を訪れる2カ月前にこの祭りを取材していた。

 三島の父・平岡梓の著書によると、三島は祭りで配られたユリを他の大荷物とともに大事に持って帰ったという。大神神社の山田さんは「三島さんの気持ちを受け止め、祭りを後世に伝えていきたいと思います」と語る。

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 法華寺や中宮寺と並んで「大和三門跡」と称される圓照寺(えんしょうじ、奈良市山町)は皇族や公家の女性らが住職を務めてきた尼門跡寺院だ。通常は非公開で一般拝観はできない。第一部「春の雪」と第四部「天人五衰(てんにんごすい)」に登場する月修寺のモデルとされる。三島は1965年以来、取材にたびたび訪れ、最後の訪問は亡くなる4カ月前だった。

 2018年に門跡に就いた萩原道秀(どうしゅう)さんは、三島の取材ノートを読み、境内の石畳の数や塀の様子まで正確に描写されていたことに感嘆したという。「覚悟を持って取材に来た。五感を駆使して、全てを見逃さないという感じを受けます」

 第一部のヒロイン、綾倉聡子は禁断の恋の果てに、月修寺に入る。第四部で本多は門跡となった聡子に60年ぶりに再会するが、思いがけぬ反応に、自身の記憶や認識を根底から揺さぶられる。ぼうぜんとする本多が寺の庭を見つめる場面で、物語は幕を下ろす。

 これと云って奇巧のない、閑雅な、明るくひらいた御庭である。

 (中略)この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。

 庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。……

 萩原さんによると、三島がモデルにしたとみられる枯山水の庭は、人の安らぎや悩みなどを表しているという。「三島さんは感受性が強い方なので、この世と浄土の狭間(はざま)の、どうしようもない情念のようなものを感じたのでは。もし三島さんが生きていたら、いまお庭をどのように見るか、とても興味深いです」

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 〈三島由紀夫〉 小説「金閣寺」や「潮騒」などで知られ、ノーベル文学賞の候補にも名を連ねた。「豊饒の海」は全4部からなり、仏教の輪廻(りんね)転生をモチーフに、夭折(ようせつ)を繰り返す主人公たちを描いた大作。三島は最終回の原稿を書き上げた後、東京・市谷の自衛隊駐屯地総監室を占拠。自衛隊員に決起を促す演説をした後、割腹自殺した。

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