[PR]

 中国残留日本人孤児を祖母にもつ3世が、自叙伝的長編小説「不確かな血」(文景坊出版)を出版した。戦争に翻弄(ほんろう)された「おばあちゃん」の人生と、日本と中国という二つの国を背負って生まれた「僕」が抱えてきた葛藤の体験をもとに書かれた。根底にあるのは、歴史を受け継いでいきたいという強い思いだ。

 著者は、東京都江戸川区在住の会社員佐藤昇さん(31)。祖母の美和子さん(76)は幼いころ、軍人の父ら家族と中国に暮らしていた。敗戦前後の混乱で中国人に預けられ、家族と離ればなれに。中国残留孤児となった。1983年に肉親捜しのための訪日調査に参加。2年後、中国人家族とともにハルビンから日本に永住帰国した。

 美和子さんの長女である母と、中国人の父との間に生まれたのが佐藤さんだ。幼いころ、祖母や両親からは中国語で話しかけられ、日本語で答えた。小学校入学前から、自分の家が違う文化をもっていることを意識し始めた。「周囲と違うことが恥ずかしくて、いやだった」

 両親は仕事に忙しく、佐藤さんは夜、寂しさから出歩いた。その生活を変えたいと、自分の意思で12歳のときにハルビンの小学校に留学した。「中国語がわかるようになれば、両親と深く話せるようになるのではないか」との思いもあった。

 当初は「日本鬼子」「日本に帰れ」などといじめられた。歴史の授業では中国に侵略した日本軍の行為を繰り返し教わり、頭の中が真っ白になった。

 15歳で日本に戻り、帝京高校へ。その後、再び中国に渡って北京外国語大学で学んだ。そこには自分と同じく日中の文化を背景にもつ人たちがいた。彼らとの出会いから「自分のルーツを知らないのはもったいない」との思いが生まれた。

 なぜ自分はいまここにいるのか――祖母や両親、日本の親類などにそれぞれの人生や体験してきたことを聞いた。聞けば聞くほど心が苦しくなったが、中国に取り残された祖母の思いや両親が苦労して日本での生活を築いたことを知った。自分が生まれる前の歴史を受け継いでいきたいとの思いを強くした。

 作品は、祖母と自分の体験を元に、戦争の歴史と残留孤児とその子孫が背負わされたものをたどりながら、両国のはざまで生きる3世の葛藤を描いた。自身が北京留学中に体験した尖閣諸島をめぐる反日デモなどの様子も盛り込んだ。

 日本で育った3世は中国語が不自由で、祖父母や両親とは言葉の壁があり、心からの話ができないことが多い。中国語を身につけ、中国社会に身を置いた佐藤さんだから書けた物語だ。

 佐藤さんは言う。「国と国とのいざこざや戦争が起こると、そのはざまの人たちがどんな思いを抱え、どのような体験をするのかを知ってほしい。月並みだが、やっぱり戦争は絶対にダメだと思う。また、日本の人たちには、日本になぜ中国にルーツのある人たちが多く生活しているのかも知ってほしい」

 「不確かな血」は640ページで、2090円。(編集委員・大久保真紀