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 今年、文化功労者に選ばれた美術作家の高橋秀(しゅう)さん(90)=岡山県倉敷市。イタリアから倉敷へ移り住んだ決め手は、大原美術館の存在だった。

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 1930年生まれで大原美術館と「同い年」の私が、初めて足を運んだのは10代後半。広島・福山から絵描きを志して19歳で上京する前、評判だった同館を訪ねました。美術のことはまだ分かりませんでしたが、素晴らしい絵ばかりで驚いたことを覚えています。

 一つあげるなら、ゴーギャンの「かぐわしき大地」。トカゲについた翼の赤が強烈でした。この印象が、半世紀以上たった「ゴーギャンの河」(2003年)、「Gauguinの森」(16年)の制作にそれぞれつながるのですが。

 今住んでいる倉敷との縁は、東京からイタリアに渡って30年以上が過ぎたころ。開学を控えた倉敷芸術科学大学から教授の話がありました。

 真っ先に思ったのが「大原のある倉敷なら」。ちょうど日本の若いアーティストたちの元気のなさが気になっていたこともあり、二つ返事で引き受けました。1996年からイタリアと日本の往復が始まりました。

 大原美術館の共催を得て、創造の楽しさを知ってもらおうと「全国高校生現代アートビエンナーレ」も始めました。現代が感じられる、絵画やコンピューターグラフィックス(CG)などの作品を全国から募り、昨年まで計10回。応募作品は毎回200~500点ほどありました。幼稚園児から中学生までを対象に、1・5メートル四方のカンバスに絵を描くコンクールも倉敷で催しました。

 倉敷で過ごすうちに里心がつき、2004年に沙美海岸に自宅とアトリエを構えました。以降は創作をしたり、コンクールの企画をしたり。

 美術館は、若い世代がアートへの「接し方」を身につける場であってほしい。イタリアではかつて休日の入場が無料で、作品の前で幼い子が走り回り、意見を言い合っていました。アートがごく身近に根付いていることが伝わる、うれしい光景でした。

 一方、日本では絵の前で話していると「静かに」と注意される。気に入った作品を子どもたちに自分で選ばせようとしても、大人が解説し始める。もっと自由に、自律性を持たせることが大切です。

 美術館が日常に溶け込むため、大原美術館は大切な「材料」です。休日は無料で子どもが入場できるようにしてほしい。「行く所がないから行ってみるか。無料だし」ぐらい身近になると、美術館は日常となっていくのではと思います。

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 高橋さんの作品は「フィンガー・ボール」「一つの寓話(ぐうわ)――黒」「宇宙起源」の3点が大原美術館に所蔵されている。

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 たかはし・しゅう 1930年生まれ。本名・高橋秀夫。上京後の58年、布コラージュ作家・藤田桜さんと結婚。ローマに渡り、93年にはローマ国立近代美術館で個展を開いた。帰国後の2006年、若手作家に海外で見聞を広めさせようと私財を投じて基金を設立。今年、文化功労者に選ばれた。

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