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 日本が朝鮮半島を植民地としていた時代、住民に虐殺されたり強制連行・労働で命を落としたりした朝鮮人を追悼する集いが22日、和歌山県南部に接する三重県熊野市であった。海南市の歴史研究者金靜美(キムチョンミ)さん(71)らが呼びかけ、異郷で果てた同胞を悼んだ。

 金さんらが建立した追悼碑は2基ある。一つは熊野市木本町の古いトンネル前にある李基允(イギユン)さんと裵相度(ペサンド)さんの碑。1926年、トンネル工事に就いていた当時25歳と29歳の2人は、「朝鮮人が襲ってくる」といったデマにあおられた地域の住民らに殺された。もう一つは熊野市紀和町板屋にあり、40年から45年にかけて紀州鉱山へ強制連行された朝鮮人のうち、名前が判明した犠牲者35人を刻んでいる。

 金さんらは「木本事件」の地に94年、鉱山の地には2010年に碑を建てて追悼式を毎年開いている。

 参列者はこの日、この二つの碑をめぐり、献花・献杯をして冥福を祈った。三重県亀山市の小学校教諭岩脇彰さん(59)は「日本が植民地支配をした証拠がここにある。正確な歴史を知ることが、在日の人や中国の人とつながる道だ」と話した。

 そのほかの参列者も「この歴史をみんなに知らせることが大切だ」「たんに追悼するだけではなく、どうして殺されたのかという歴史的原因を追究することで未来につながる」「北の人も南の人も日本の人も助けあう世の中であってほしい」と語った。

 大阪府八尾市から参列した会社員徐文平(ソムンピョン)さん(59)は、紀州鉱山に連行された英国人捕虜のうち亡くなった16人の墓地は史跡に指定されていると指摘し、「朝鮮人については行政も知らんふりしている。こんな差別がまかり通っていいのか。日本人は自分たちがやったことに向きあうべきだ」と怒った。

 金さんも「植民地にしたことは日本人の歴史であり、日本人が自分たちの歴史を知ろうとしなくてどうするのか。何をしたのかを知ることが『二度と繰りかえさない』という意思表明になる」と話した。(下地毅)

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