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 東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムに藍色が採用され、売り出し中の阿波藍。江戸時代から続く藍染めの天然染料「すくも」の伝統的な製造技術を受け継ぐのが佐藤阿波藍製造所(徳島県上板町)の20代目藍師、佐藤好昭さん(57)だ。藍染め文化の担い手に阿波藍への思いやこれまでの歩みを聞いた。

 ――「秋の褒章」で黄綬褒章を受章されました

 染料は一般の人々になじみがないので面はゆい感じがしますが、職人仕事をほめていただくのは光栄なこと。縁の下の力持ちに光を当てていただいたことが何よりもうれしい。自分の力というよりも、ご先祖の長年にわたる営みも含め、伝統を守り、受け継いできたことを評価していただいたのではないでしょうか。

 ――藍の葉を発酵させて作る「すくも」の染料としての等級を決める判定方法の技能も評価されています

 少量のすくもを左の手のひらにのせ、右手の親指で繰り返し練り、手に伝わる感触やにおいで染料としての完成度合いをはかり、「手板法」と呼びます。小学校に入る前の幼いころに曽祖父(故佐藤平助さん)から判定が終わった後のすくもをもらい、手でこねて遊んだのが始まりです。

 ――藍師の仕事を継ぐ決意をしたのはいつですか

 中学1年のころには家業を継ごうと心に決めました。化学染料に押されて苦境にあった阿波藍の良さが1960年代半ばごろから見直され、少しずつ需要が回復しはじめた動きと自身の成長が重なったことが背景にあります。藍師の仕事は藍の栽培から刈り取り、すくもの製造・出荷、次の年の準備まで年間を通じて多岐にわたり、技術と重労働が要求されますが、中学時代から見よう見まねで手伝った経験が原点となり、長年の積み重ねで培った経験と勘が生きています。

 ――藍染めも学んだそうですね

 20代に藍染め作品の創作に取り組んだことも貴重な財産になっています。すくもに灰などを加え、天然素材だけで発酵させて染め液をつくることを「藍を建(た)てる」といいますが、染め液の作り方や染めの技法などの問い合わせに応じながら全国各地の取引先の工房や藍染め作家とも交流を深めています。「本物の藍の色を後世に残したい」という思いは共通しています。

 ――今後の課題を聞かせてください

 藍の栽培をどう続けるかが課題です。藍の生産量を増やすには栽培してくれる農家を探さねばなりませんが、設備投資も必要なので厳しい状況です。現状維持では先細りするだけなので、継続的な藍作の体制づくりにも力を注ぎたい。

 ――今年のすくもの出来はいかがですか

 9月に藍の葉を約1メートルの高さに積み上げ、水をかけて熊手などで切り崩し、再び積み上げる「切り返し」の作業を5日ごとに続けながら100日ほどかけて発酵させます。今年は好天に恵まれ、作業も順調に進んでいます。よく染まる高品質の染料になりそうです。(松尾俊二)

 さとう・よしあき 徳島県上板町出身。県農業大学校卒。父親の19代目・藍師佐藤昭人さん(81)と2代続けて、すくも製造の卓越した技能者として「現代の名工」に選ばれた。母校の県立城西高校(徳島市)の生徒や藍住町の地域おこし協力隊員らにすくもの製造方法を指導するなど人材育成にも取り組んでいる。

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