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 震災・原発事故後に生まれた社会の分断の溝を埋めようと、市民らが対話する場として始まった「未来会議」。発起人の一人で、事務局長を務めるいわき市の弁護士菅波香織さん(44)に活動を始めてからの8年の歩みを聞いた。

 ――「未来会議」という対話の場を、2013年から続けています。

 「13年からの8年で100回近い対話の場を開き、これまでに原発事故で避難した方や行政の方、マスコミ、県外在住で福島に関心のある方など、多様な人が参加しました。テーマを震災に絞ってはいませんが、『最近どう?』と話し始めると、それぞれの方に多かれ少なかれ、震災の影響が残っていると感じます」

 ――対話の目的は。

 「未来会議としての方向性は持たず、結論も出しません。参加した一人ひとりが気づきを得て、何かをやりたいと思ったり、仲間を見つけたりできればいいなと思っています。対話では、本音で語ることや自分と違う意見を否定しないことをルールにしています」

 ――未来会議の活動を始めたきっかけは。

 「12年ごろ、弁護士として津波で家を失った住民の生活相談を受け、『原発事故で避難した人は、賠償金があっていいよね』という話を聞きました。津波で被災した人にも支援金はありましたが、原発事故で避難した人の賠償金とはケタ違いでした。12年12月には、いわき市役所に『被災者帰れ』と書いた落書きも見つかりました。分断が生まれ、震災直後よりも互いの状況や考えを話しにくくなっていると感じました」

 「同じころ、別の団体がいわき市などで開いた対話のワークショップに参加しました。漁業や教育、行政など幅広い立場の方が震災後の大変だったことをそれぞれが話し、すごく盛り上がりました。決められた時間を過ぎても、席を立たない人がいっぱいいました。こういう場が浜通りには必要だと思い、ワークショップに参加した他のメンバーと一緒に動き始めました」

 ――現在は対話の場のほか、ゲストを招いて話を聞くイベントも開いています。福島にゆかりのある人だけでなく、沖縄の「おばあ」も招きました。

 「沖縄も福島も、基地と原発という『あってほしくないものを地方に押しつけられている構造』があると思います。沖縄だと本土の人、福島だと原発の電力供給先の人に実情を理解してほしいのに、伝わっていない点が似ていると思いました。多くの人に自分事として考えてほしい、共通の課題があると思います」

 ――17年には「浜通り合衆国」をテーマに掲げました。

 「原発事故で双葉郡から避難した人はその先で何年も暮らしているのに、『自分はここの人間ではなくて、避難者なんです』と言うのはかなしいと思いました。一つの市や町ではなく、『浜通り合衆国』というアイデンティティーでとらえてみたら、乗り越えられないだろうかと考えました。一つの思考実験です」

 ――合衆国をテーマに、浜通りの町をめぐるツアーもしました。

 「浜通りのそれぞれの地域を知ることも必要だと考えました。ツアーで回り、行った先々の人と対話を繰り返しました」

 ――今年は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、オンラインで対話の場を開きました。

 「オンラインの難しさもあり、リアルの対面での対話よりも雑談がうまれにくいと感じています。未来会議で採用している対話の手法は、なるべく気楽な雰囲気をつくり、雑談から発展的なアイデアを生みだそうというものです。感染状況をみながら、なんとか対面の場は続けていきたいと思っています」(聞き手・福地慶太郎

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 すがなみ・かおり 1976年、福島県いわき市生まれ。98年、東大工学部化学システム工学科卒業。香料会社で研究員として働いた後、2005年に司法試験に合格、司法研修をへて07年に弁護士となる。離婚事件やDV事件、性被害の相談業務などが専門。

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