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 【神奈川】新型コロナウイルスで何が起きたかですか? 私にとっては、価値観の転換が迫られる出来事でした。それまでの当たり前が当たり前でなくなりました。

 金融課長に着任したのは4月1日。1週間前に内示を受け、大変な職場に行くことになったと思いました。金融課が担う中小企業の資金繰り支援は、経済が悪化すれば真っ先に何とかしなければならない仕事だからです。

 課の業務の一つが、中小企業に「認定書」を発行すること。これがあると中小企業は金融機関から融資を受けやすくなります。着任2日前、引き継ぎで市役所近くの発行場所を訪れましたが、これはまずいぞと思いました。さほど広くない部屋に12もの窓口ブースがあり、大混雑していました。手続きや発行待ちで何時間もかかり、職員にも感染の危険がある状況でした。

 このころの認定件数が1日130件前後。1日590件に上った1998年の経験を思い浮かべました。金融危機で銀行などの「貸し渋り」が問題になった時期で、認定窓口にお客さんが殺到しました。コロナ感染者が増え、経済が急激に悪化する今回は当時よりも状況が悪くなるだろうと想像がつきました。

 着任当日、課内で窓口の対応策を洗い出しました。まず、順番待ちの発券機を導入し、会場内で待たなくてすむようにしました。派遣会社のスタッフも入れ、一度に多くの認定書を出せるように市長の公印も増やしました。

 でも、認定会場でクラスター(感染者集団)が発生したら、窓口業務がストップしかねません。郵送受け付けも考えましたが、書類に不備があれば電話したり再送付が必要だったりと余計に手間がかかる。これはダメだなと思っていたら、職員が「こんなのがありますけど」とオンライン申請のフロー図を見せてくれました。オンライン化ができるんだと気づき、事業者との話し合いを始めました。

 すると、話を聞きつけた中小企業庁から「会議をしませんか」と声がかかりました。Zoomを使った初めてのウェブ会議です。前日は係長と深夜まで、オンライン化する場合の課題を洗い出しました。

 当初、オンラインで仮申請し、窓口で本申請することを考えていましたが、結局、窓口で仮申請の確認が必要になり、時間がかかることがわかりました。しかし、国の様式だと、本申請には印鑑を押す必要があります。

 「ハンコを無くしてください」。会議で中小企業庁の担当者に切り出しました。脱ハンコのかけ声が高まる前のことで、最初は「ごまかす人がいるのでは」という反応でしたが、会議後に各方面と交渉してくれ、「無くしてもいいよ」と言ってくれました。

 オンライン化は、グラファー(本社・東京)というスタートアップ企業と進めました。役所はゼロからシステムを構築するとき、既存の業務の流れに合わせたものにすることを求めがちです。でも彼らは我々の求めに「本当に必要ですか」と問いかけ、細かいところまで提案してくれました。

 例えば画面の表示で、私たちは法律的に正しい文言にこだわりますが、彼らは見やすさを重視。発注側だけでなくシステムを使う側を見ていました。私たちも同じように考えていましたが、本当のお客さん目線になれていなかった部分があるんだと感じました。

 やりとりはほとんどメール。こちらの問いに対する回答が早く、スピード感にも驚かされました。オンライン申請は5月25日にスタートしました。しかし、オンラインだけ簡単で、リアルが大変なのはおかしい。会場の窓口での申請も書類を極限まで減らしました。

 こうした取り組みはDX(デジタルトランスフォーメーション)だね、と言われます。私は言葉さえ知らず、「DXって何の略?」って感じでしたが、ただシステム化しただけでなく従来の流れを作り替えたことがDXなのだと。とにかく窓口の混雑を何とかしなきゃ、中小企業の方たちが使いやすいものにしなきゃ、と進めた結果なのですが。

 ただ、私がハンコを無くせとか、申請書類を減らせと言っても、コロナがなければ反論されて終わりだったでしょう。コロナによって、何が必要で、何が必要ではないか、研ぎ澄まして考えることを求められました。役所が苦手なことですが、こうした流れはこの先、変わらないだろうと私は思っています。(取材・構成 武井宏之

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