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 7月の豪雨で広範囲の住宅が浸水した江の川流域の島根県江津市と美郷町で、住民の集団移転に向けた動きが進んでいる。住民からは住み慣れた土地を離れる不安の声も聞かれる。堤防整備が進まない中、移転に必要な住民の合意がとれるかが焦点となっている。

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 「国や県の河川整備には限界がある」。広範囲に浸水被害が出た江津市桜江町川戸で11月15日に開かれた、整備状況などに関する住民説明会。国土交通省浜田河川国道事務所の担当者は、気候変動による豪雨災害の激甚化や頻発化で、堤防や宅地のかさ上げといった従来の方法では被害を防ぎきれないと説明した。その上で、浸水リスクの高い地域からの移転の必要性を強調した。

 参加した約60人の住民からは「堤防整備の時期を明確にして欲しい」「被災した住民が河川整備の話し合いに参加できる組織をつくってほしい」などの質問や要望が相次いだ。

 説明会に参加した川戸地区の梶川勇さん(78)は取材に「これ以上、築堤に時間がかかるのであれば、地区を離れることも考えなければならない。人生をここで終えられるかの一大事で、国は本気になって防災に取り組んで欲しい」と話し、会場を後にした。

 国土交通省中国地方整備局によると、7月の水害で島根県側の江の川下流の氾濫(はんらん)箇所は、江津市と川本、美郷、邑南の3町で計45地点に上った。自治体別では江津市が26地点、川本町5地点、美郷町12地点、邑南町2地点。雨水の処理が追いつかずに下水などからあふれる「内水氾濫」も計5カ所で発生し、合わせて265ヘクタール、104戸が浸水被害に遭った。このうち江津市内の被害は202ヘクタール、計71戸に上った。

 2018年の西日本豪雨でも島根県側で340ヘクタール、270戸が浸水した。

 江の川の治水事業は1953年に国直轄事業としてスタートしたが、死者・行方不明者計28人、家屋の全半壊、一部破損3960戸に上った、江の川で戦後最大の被害をもたらした72年7月の水害を契機に計画が見直された。

 中国地方整備局が2016年2月に作成した河川整備計画では、1972年の水害と同規模の流量でも家屋の浸水を防ぐことを目標に、今後約30年をかけ堤防の整備や宅地のかさ上げなどを実施するとしている。

 しかし、2019年3月末時点で、広島県側の江の川上流の堤防整備率が69%(93・6キロ中、64・6キロ)であるのに対し、島根側の下流の整備率は約15%(60・2キロ中9・2キロ)にとどまる。下流ほど流量も多く堤防の高さも必要になるため、時間や予算が必要なことが要因という。

 国交省は今年7月、気候変動の速度に河川整備が追いつかないとして、「流域治水」への転換を打ち出した。築堤やダムによる減災だけでなく、雨水をためる施設の整備や浸水リスクの高い地域から住民や施設の移転を促す治水対策だ。

 浜田河川国道事務所の大元誠治副所長は「堤防の整備を加速する必要があるが、緊急性の高い地域に関しては、集団移転なども含めた流域治水が重要だ」と話す。

 それでも、住み慣れた場所を離れたくない思いは共通だ。

 江津市の中でも特に被害の大きかった桜江町川越地区に住み、旧桜江町(現江津市)で議長などを務めた楸(ひさぎ)卓朗さん(86)は「高齢化も進む。一日も早く堤防を整備してもらい、ここで今まで通りの暮らしがしたい」。同地区で酒店を営む原田重信さん(72)は「年齢的にもよそで商売をする気はない」と話す。

 同市の宗近成泰・建設部門参事は「一部の住民だけが歯抜けのような状態で移るわけにはいかない。住民の皆さんの合意形成をはかる必要がある」。ただ周囲は険しい斜面が多く住宅の移転に向いた土地が少ないうえ、市中心部に移転した場合、地域の過疎化が加速する懸念もある。

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 集団移転を決めた住民らもいる。江の川の支流、君谷川沿いに位置する美郷町の港地区の5世帯だ。

 「毎年のように水につかる。昔から住んできた土地だが、もう逃げるしかない。子や孫にここに住めとは言えない」。港地区で自治会長を務める屋野忠弘さん(78)は地域で繰り返される浸水被害を受け、移転を決意した。今年7月の豪雨災害では、江の川が増水し、支流の君谷川から水が流れ込めなくなる「バックウォーター現象」が起きたとみられ、地区の2棟が床上、3棟が床下浸水した。集会所に避難した住民はおにぎりを食べながら移転を誓いあったという。

 町は住民の要望を受け、早ければ23年度から移転を開始するスケジュールを示している。国の「防災集団移転促進事業」を活用する。市町村が主体となり、移転先の宅地を造成し、これまで住んでいた住宅や宅地を市町村が買い取って、移転費用に充ててもらう。

 国が実質約94%を負担し、市町村の負担は約6%で済む。国は事前防災を進めるため、今年度から移転要件を「10戸以上」から「5戸以上」に引き下げ活用しやすくなった。(清水優志)

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